【AICE連載セミナー】カーボンニュートラルを考える 第2回 主要国・地域のカーボンニュートラル(CN)化への取組み
- コラム

2023.07.28

【AICE連載セミナー】カーボンニュートラルを考える 第2回 主要国・地域のカーボンニュートラル(CN)化への取組み

【AICE連載セミナー】カーボンニュートラルを考える 第2回 主要国・地域のカーボンニュートラル(CN)化への取組み

AICE研究推進委員長 山本 博之(マツダ株式会社 技術研究所 技監)

 

(写真出典) G7 HIROSHIMA 2023 【公式】G7広島サミット2023 (g7hiroshima.go.jp)

 

■バックキャスト型でCN化をリードする欧州

世界のCN化をリードしているのは欧州であることは、異論のないところだと思います。G7広島サミットにも参加されたフォン・デア・ライエン欧州委員長(写真右から4人目)が就任直後の’19/12に公表した「欧州グリーンディール」では、2050CNと2030までの温室効果ガス55%削減(1990年比)を掲げました。具体的な法制度として、排出権取引(EU-ETS)や炭素国境調整メカニズム(CBAM)等が知られていますが、根底には相反する低炭素社会実現と経済発展の両立(デカップリング)の考え方があるようです。’21/7には、2030目標を達成するための政策パッケージFit for 55(FF55)が発表され、その中に持続可能な航空燃料(SAF)の混合割合義務付けや新車のCO2排出100%削減等が含まれました。事実上、内燃機関車、HEV、PHEVは販売禁止となり、BEV、FCEVに対しては充電ステーション、水素ステーションの設置を加速するという内容です。その後、ウクライナ侵攻でエネルギーセキュリティが問題になると、わずか3ヶ月でREPowerEUが発表されました。再エネへの移行加速、特に水素戦略の強化が目を引きます。最近では、後述するアメリカのインフレ削減法や中国の補助金を強く警戒して、Net Zero産業法案が示されました。この中ではCCS (Carbon dioxide Capture and Storage) 技術を含む8つの戦略的ネットゼロ技術が挙げられ、域内需要の40%の生産能力を持つ目標と許認可迅速化による投資促進が示されています。1) 

経済力やエネルギー事情が大きく異なる国々から成る欧州において、このようなスピード感で次々と政策を発表する欧州委員会のイニシアティブには驚かされます。また矢継ぎ早の政策でCNからバックキャストしたロードマップを頑なに邁進する印象がありますが、原子力と天然ガスのEUタクソノミー※への追加、e-fuel容認、天然ガス不足に対応するためのガス部門への投資容認2)などの軟化のニュースも耳にします。様々な交渉の末とは思いますが、委員会、議会、理事会等の仕組みが機能し、結果的にある程度の柔軟性も担保できているようにも感じます。余談ですが、このEUの仕組みはややこしいですね。外務省のウェブサイト3)に分り易く図解されていますので、そちらを覗いてみて下さい。

※グリーンウォッシュ(見せかけの環境配慮)に騙されることなく、ESG投資が適切に行われるための基準、枠組み

 

アメリカは政権次第?

国別CO2排出量で2位のアメリカは、バイデン政権に代わってからパリ協定に復帰し、2050CN、2030年までに2005年比50-52%削減のNDCが示されました。運輸部門では2030年の新車販売の半分をゼロエミッションカーにする、電力部門では2035年までに脱炭素化を図る 等の具体的な目標を設定し、その達成のためのインフレ削減法(IRA)、インフラ投資雇用法(IIJA) 等の政策を掲げています。二酸化炭素に課税するEUとは逆に、巨額の予算を付けて再エネ発電、CCS、EV等の導入、インフラ整備を加速する政策です。現状ではメイドインアメリカ、バイアメリカンの色彩が強く、これが海外からの投資呼び込みにもつながっています。

今年3月にエネルギー省から発表された年次エネルギー見通し4)では、2030NDC、2050CN目標に対して、IRAが無い場合のCO2削減量は、各々26%、28%となり、IRAの財政支援が最大限行われた場合は各々34%、35%との試算が示されました。IRAによってCO2削減効果の積み増しはできるものの、目標達成には程遠く、更なる政策の強化が望まれています。一方で、次期大統領選の行方も大変、気になるところです。

2050CNが容易ではない中国、インド、グローバルサウス

中国とインドは国別CO2排出量で各々1位と3位です。中国は、習国家主席が2020国連総会演説で2030年CO2ピークアウトとGDP当たりの排出量65%削減(2005年比)及び2060年のCN達成を表明しています。インドは、モディ首相がCOP26で2030年GDP当たりの排出量45%削減(2005年比)と2070年のCN達成を宣言しています。

中国、インドのCO2排出量が多く、CN化が遅れる要因の一つは、発電に占める石炭火力比率の高さ(6-7割程度)にあり、しかも増大する国内電力需要を賄うため最近でもその新設が計画・実施されています。火力発電設備が老朽化し廃棄時期を迎えている先進国とは全く事情が異なります。COP26でも両国は石炭火力廃止に強い抵抗を示し、成果文書の最終案は石炭火力の「フェーズアウト(段階的廃止)」から「フェーズダウン(段階的縮減)」に修正されました。他のグローバルサウスの国々も同様の事情があり、CCUSとの組合せやアンモニアなどのCN燃料を用いて火力発電を維持しながらCN化を目指す現実解が求められます。アジアの国々に対する理解が深い日本のイニシアティブ、例えば、サウジアラビアやUAEでの燃料アンモニア製造のプロジェクトなどに大いに期待したいところです。

 

■現実路線の日本の取組み

国別CO2排出量5位の日本のCN宣言、NDCについては、第1回のコラムで触れました。これらを実現するためのクリーンエネルギー戦略として、先ず「グリーン成長戦略」が14の成長期待分野の技術・産業戦略として’20/12に策定され、半年後に更に具体化されています5)。’21/10にはグリーン成長戦略の前段階として第6次の「エネルギー基本計画」6)が閣議決定され、2030NDC達成に向けた具体的な数字を挙げたシナリオが示されました。CN宣言後の初の基本計画見直しであり、エネ庁の基本政策分科会では2050CN達成に対しても複数のシナリオが検討されました。確からしさの観点から最終的には「戦略的な技術開発・社会実装等の推進」となったようですが、あらゆる可能性を否定しないスタンスは、むしろ健全と感じます。

また’23/2には「GX実現に向けた基本方針」7)が閣議決定されています。GXはグリーントランスフォーメーションの略で、脱炭素、エネルギー安定供給、経済成長の3つを同時に実現するべく、戦後における産業・エネルギー政策の大転換を意味する とのことです。エネルギー自給率向上に資する脱炭素電源等への転換、投資を促すための成長志向型カーボンプライシング構想 が2本柱で、前者では再エネの主力電力化、原子力の活用に加えて、水素、アンモニア、CN燃料、CCSなどが取り上げられました。後者ではGX経済移行債の創設、企業の自主参加を呼びかけるGXリーグやその中での排出量取引制度が示されています。 

 

世界全体のCO2削減

上記以外にも多くの国がCNを宣言しています。COP26(2021)終了時点でその数は154ヶ国に上り、世界のCO2排出量の88.2%をカバーしているそうです8)。IEA(国際エネルギー機関)はWorld Energy Outlook (WEO) 20229)で、これらの政策によるCO2低減効果を予測しています。各国が実施しているあるいは実施確度が高い政策を踏まえたSTEPS(Stated Policies Scenario)では、13%しか減らず(エネルギー起源CO2  36.6Gton@2021 → 32Gton@2050)、各国のCN宣言等野心的な政策を踏まえた予測APS(Announced Pledges Scenario)でも、67%(同12Gton@2050)の削減しかできない予測です。クリーンエネルギーへの投資拡大が必要となり、WEO2022では2030年までの投資額を、現状(STEPS)の2兆ドルから、NZE(Net Zero Emission、 2050CNをバックキャストしたシナリオ)では4兆ドルへ拡大することを求めています。

上記の投資拡大に加え、COP27では気候変動による損失(ロス)と損害(ダメージ)への支援目的の基金、いわゆるロスダメ基金の設立が合意されました。具体的にはCOP28で勧告されるようですが、年間数千億ドルが必要とも言われています。

デカップリングは世界中のCN化政策に共通する考え方ですが、エネルギー価格上昇が物価全般を押し上げている実態があり、それによって悪化する企業、国レベルの収益が上記の投資や資金拠出をより困難にすることも懸念されます。資源国が望む「安定需要」にも配慮した計画的なトランジションとCNを両立するための技術革新が強く望まれます。

 

(1)    日欧産業協力センター ライブラリー Librarynetto | EU-Japan

(2)    経産省 G7札幌 気候・エネルギー・環境大臣会合 閣僚声明(日本語仮訳)20230417004-2.pdf (meti.go.jp

(3)    外務省: わかる!国際情勢 EU欧州連合~多様性における統合 (mofa.go.jp

(4)    U.S. Energy Information Administration

AEO2023 Issues in Focus: Inflation Reduction Act Cases in the AEO2023 (eia.gov  (Mar 2023)

(5)    経産省 2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略

20201225012-2.pdf (meti.go.jp20210618005-3.pdf (meti.go.jp

(6)    経産省 エネルギー基本計画 20211022005-1.pdf (meti.go.jp

(7)    経産省 GX実現に向けた基本方針~今後10年を見据えたロードマップ~ 20230210002_1.pdf (meti.go.jp

(8)    経産省 エネルギー・環境関連の国際会議の直近の動向について gi_007_03_03.pdf (meti.go.jp

(9)    IEA World Energy Outlook 2022 – Analysis - IEA

コラムのコラム ~ 化石賞の「栄誉」を活かそう! ~

利害が対立する人たちの意見をまとめていくには、誰も反対しようがない上位概念から出発してから各論に落としていく手法が取られます。この視点で考えると、様々な国々から成る欧州の、理想からバックキャストした「グリーンディール」にも一定の理解ができます。これに対して日本は、目前の2030NDC達成には様々な調整をしながら定量シナリオに落とし込み、困難な2050CNに対しては種々の技術開発へのチャレンジを続ける取組みです。

日本は、COP25、26で連続して環境NGOから化石賞を贈られてしまいました。“セクシ-“発言で波紋を呼んだCOP25はともかく、キチンと岸田総理が日本の削減や支援の数値目標を説明したCOP26でもノルウェーに続く2位の受賞です。石炭火力を止めないことが理由のようですが、背景には上記のようなバックキャスタした目標へのコミットメントを重視する欧州との文化の違い(日本に対する理解不足)があるように思います。

巨額の投資を行い、それを十数年~数十年かけて回収するエネルギー関連産業の特性を踏まえると、日本の進め方ももっと評価されて然るべきと考えます。最近、日米欧でCCS、CDRに注目が集まっています。こうした技術と化石エネルギーの「炭素」を上手く組み合わせて使っていくことで、「化石賞」受賞に恥じぬスマートなトランジションが行えるのではないでしょうか。

 

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