【AICE連載セミナー】カーボンニュートラルを考える 第3回 エネルギーから見たカーボンニュートラル(CN)化の課題
- コラム

2023.09.01

【AICE連載セミナー】カーボンニュートラルを考える 第3回 エネルギーから見たカーボンニュートラル(CN)化の課題

【AICE連載セミナー】カーボンニュートラルを考える 第3回 エネルギーから見たカーボンニュートラル(CN)化の課題

研究推進委員長 山本 博之(マツダ株式会社 技術研究所 技監)

 

(写真)東京都市大学の水素エンジンと及川先生から説明を受けるAICEメンバー

 

本連載の第1回目では、勝負の10年(Critical Decade)に、あらゆる技術を総動員して温室効果ガスを低減することの重要性を示しました。その点で日本の政策は、理想論、あるべき論に拘らず現実的なCN化の取り組みとなっていることを第2回目で紹介しました。世界の温室効果ガスに占めるCO2の割合は75%で、更にその85%はエネルギー起源です(2019)(1)。日本では更に比率が高く、各々91%93%です(2021) (2)です※。そこで第3回目はエネルギーの視点から、CN化の課題を考えてみます。エネルギーとその利用は複雑多岐に渡り、一エンジン技術者には到底手に負えないと言うのが正直なところですが、紙面制約もあり、筆者なりの視点で少し大胆に課題を整理してみます。

日本の比率が高いのは、農地や家畜からのメタン、N2O排出、森林減少の影響が少ないため。

 

■エネルギー供給側の課題(太陽光パネルと風車を増やせばCN化できるか?)

  再生可能エネルギー(以下、再エネ)は世界中で導入が進み、中国が世界最大導入量を誇る一方で、欧州でも2022年時点で、ポルトガル72%、デンマーク70%、ドイツ59%、スペイン58%、イギリス50%と高い比率が並びます(3)。世界全体で見ても2021年には40%に達しています(4)。こうした数字から世界では再エネ化(非化石化)が相当進んでいるイメージです。しかし残念ながら、これらはいずれも発電におけるの設備容量ベースの比率です。実際に得られた再エネは74EJ(エクサジュール、エクサは10の18乗)で、これは世界の全エネルギー供給624EJ12%に留まります。まだまだエネルギーの大半を化石燃料に頼っている(494EJ79%)のが実情です。イメージと現実のギャップの一つの理由は、電力(W)と電力量(Wh)を区別しない報道があるためと感じています。大きな発電容量(W)のメガソーラを作っても、日が照らなければエネルギー(Wh)は得られません。二つ目の理由は電化率の認識です。最終エネルギー消費439EJ中、電力は87EJで、電化率はわずか2割です。残りの多くは熱エネルギーとして利用されおり、これのCN化を推し進めていく必要があります。

更に今後の予測を見ても、各国の野心的なCN化目標を反映したAPS(Announced Pledges Scenario)でさえ、CCS等のCO2低減対策が取られていない化石エネルギーが全エネルギーに占める割合は69%2030年)、31%2050年)です。電力に占める割合でも41%2030年)、9%(2050)と、化石燃料に頼り続ける状況が想定されています。

 

エネルギー供給側の課題(省エネと電化でCN化できるか?)

  エネルギー需要側に最も期待されるのは省エネです。大きな経済成長が想定されていない先進国ではこの効果は大きく、日本のエネルギー基本計画でも、「省エネの野心的な深掘り」により18%程度の需要低減が期待されています。一方、グローバルサウスのエネルギー需要増加は旺盛です。そのため、2050年の世界全体の最終エネルギー消費は2021年比で-1%(APS)と予測されています。世界全体では省エネへの大きな期待は難しそうです。

次に期待されるのが電化です。運輸部門では各国でEV化に多額の国資金が投入され続けています。産業部門ではCO2排出で27%を占める鉄鋼業においては高炉から電炉への転換、11%を占める化学産業ではBASFの大規模電気加熱式スチームクラッカーのような「熱の電化」が期待されています。

これらの需要サイドの電化は供給側(発電)の非化石化とバランスを取って進める必要があると考えます。前項で示したように再エネ電力導入は一気呵成には進まず化石燃料利用は続きます。新たな電化による急速な電力需要増加は、既に電力利用している産業のCritical Decade におけるCN化を阻害してしまいます。また再エネ電力は日照や風況などによって大きく変動します。EVの充電ピーク(夕方帰宅後の時間帯)や産業部門への安定供給を賄えなければ、化石燃料を焚かざるを得なくなります。他国や他地域との電力融通が制約されている日本では、この問題はより深刻です。広域連系線の強化やデマンドレスポンス(DR)の整備を急ぎたいところです。

その他にも電化には様々な課題や制約(鉄鉱石の還元や化学反応プロセスで排出されるGHG削減はできない)があるため、運輸部門では合成燃料、バイオ燃料、水素などのCN燃料利用、鉄鋼では水素還元製鉄、化学産業では合成ガス利用などが期待されています。これらの燃料・ガスは、その利用技術開発に加え、製造に別の一次エネルギーを要すため、再エネ電力が余剰となるタイミングを上手く利用するセクターカップリングを推し進める必要があります。

 

■重要鉱物(クリティカルミネラル)の確保

電化における大きな課題の一つに蓄電池や電気デバイスに必要なクリティカルミネラルの確保があります。IEAは、クリーンエネルギーへの移行に重要な銅、リチウム、ニッケル、コバルト、レアアース等について、シナリオ毎の需要見通しを示しています(5)。例えばパリ協定の完全履行シナリオでは、2040年時点で2020年比42倍のLiが必要とし、クリティカルミネラルに対する投資、技術開発、リサイクル拡大、サプライチェーン強靭化等を提言しています。

エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)と日本エネルギー経済研究所(IEEJ)は、リサイクル供給+埋蔵量を累積需要量が上回る鉱物としてニッケル、コバルトを挙げています(6)なお、ここで需要量算出のベースとなっているのは、IEEJの技術進展シナリオで、IEAAPSに近い姿が描かれています。ニッケル、コバルトに加え、偏在性が大きく地政学的リスクが高いミネラルとして、ジスプロシウム、ネオジム、バナジウムなども挙げられています。

最近は資源価格の高騰、資源国の財政難を背景に資源ナショナリズムの再燃も懸念されているようです。こうしたリスクを避けるためサプライチェーンの多様化は必須ですが、権益を争うだけでなく資源国の水や大気の汚染、劣悪な労働環境、児童労働等の問題解決を支援していく取組みも必要と考えます。

 

■水素への期待

  水素は、水素エンジン、FCEV、水素製鉄などで直接的に利用されるだけでなく、合成燃料、合成ガスやアンモニアの原料としても期待の大きいエネルギーです。多くの国で国家水素戦略を策定していますが、その先鞭となった日本の水素基本戦略も今年6月に、6年ぶりに改訂されました(7)。日本の水素コア技術が国内外の水素ビジネスで活用されることを目指して、2030年に300万トン、20401200万トン、20502000万トンの水素・アンモニア等の導入目標が設定されました。2050年の世界の水素生産は22500万トンと予測(4)されているので、その1割弱に相当することになります。またコスト目標は、203030円/Nm3205020円/Nm3とされています。この金額で水素が調達できれば2050年の合成燃料は200/Lとなり(8)、昨今の天然ガス価格、ガソリン価格に近くなります。

このコストを実現するには海外の安価な再エネ電力を利用した水素製造が基本とされています。CN実現とエネルギーセキュリティ確保の観点からは、グリーン水素※を国内で製造するのが理想ですが、先ずはコストを下げ、量を確保することで、生産から需要までの大規模サプライチェーンを構築できるよう、ブルー水素※を含めて海外からの調達も積極的に進めたいところです。

※化石燃料から作られる水素で、製造時のCO2を大気放出するものはグレー水素と呼ばれ、CO2を回収して貯めたり使ったりするCCS,CCUS技術と組み合わせたものがブルー水素、再エネ電力による電気分解など製造時に全くCO2を排出しないのがグリーン水素です。 EUでは、さらに厳しいグリーン水素の定義(既に使われている再エネ電力を使用した場合はグリーン水素にならない 等)が議論されているようです。

(1)    IPCC Climate Change 2022, Mitigation of Climate Change, Working Group III Contribution to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change, Summary for Policymakers

Climate Change 2022, Mitigation of Climate Change. Summary for Policymakers (ipcc.ch)

(2)    環境省 2021年度(令和3年度)の温室効果ガス排出・吸収量(確報値)について000128750.pdf (env.go.jp)

(3)    IRENA Statistical Profiles (irena.org)

(4)    IEA World Energy Outlook 2022 – Analysis - IEA   ※これ以降、特に示さない限り、数値は本資料を参照しています

(5)    IEA The Role of Critical Minerals in Clean Energy Transitions (windows.net)

(6)    エネルギー・金属鉱物資源機構 令和4年度 カーボンニュートラル実現に向けた鉱物資源需給調査 ―鉱物需要見通し―

「令和4年度カーボンニュートラル実現に向けた鉱物資源需給調査」報告会 令和4年度カーボンニュートラル実現に向けた鉱物資源需給調査ー鉱物需要見通しー (jogmec.go.jp)

(7)    経産省 水素基本戦略 20230606_2.pdf (meti.go.jp)

(8)    経産省 合成燃料研究会 中間とりまとめ 20210422_1.pdf (meti.go.jp)

コラムのコラム ~ CN化時代の競争軸 ~

エネルギーは我々の生活に不可欠であり、またあらゆる産業の礎であるため、長期に渡って安定的に低価格で供給されることが望まれます。これに対してCN燃料はエネルギー効率が低く製造コストも高いことから、否定的な見方をされることも少なくありません。しかしながら、①エネルギー転換には膨大な追加コストが必要、②最安エネルギーだけでは化石エネルギーを代替できない、と言うのがCN化の本質ではないでしょうか。太陽光発電は大規模投資で、石炭発電レベルにコストが下がって来たとの報道もありますが、これは設備投資や運転・保守などの発電所のコスト(LCOE)のみを対象にしています。再エネ電力比率が増せば系統安定化などの統合コストがかさみ、更に雇用やエネルギー安全保障への影響等の外部費用も膨大になります。我々は①②を覚悟するとともに、そのインパクトを最少化せねばなりません。そのためには企業の枠を取り払った研究・技術開発の協力、産業の枠を超えた供給/需要構造の創出、それらへの国資金投入が必要です。

AICEは、2014年に設立以来、研究開発における協力体制を進化させてきました。この協力関係を更にステップアップした上で拡大を図りながら、エネルギーの利用方法やその効率以外の面での競争にシフトしていく時代が来ているように思います。

 

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