【AICE連載セミナー】第4回 モビリティにおけるカーボンニュートラル(CN)化の課題
- コラム

2023.10.12

【AICE連載セミナー】第4回 モビリティにおけるカーボンニュートラル(CN)化の課題

【AICE連載セミナー】第4回 モビリティにおけるカーボンニュートラル(CN)化の課題

AICE研究推進委員長 山本 博之(マツダ株式会社 技術研究所 技監)

(写真)AICE共同研究企業フォーラム(’23/10/4)で気候変動問題に関して講演いただく日本エネルギー経済研究所・坂本理事

  

 本連載の筆者分寄稿は今回が最後になりました。ここまで長文コラムへのお付き合い、ありがとうございます。

このひと月の間にもCNに関するニュースが目白押しで、最終回の書き出しを何にするか絞り込めませんでした。気になったものを3つ挙げます。先ずはG20首脳会合。G7より多様な国の集まりになるためか具体的な合意は難しく、首脳宣言1)でも、気候変動関係の短い2つのパラグラフに「各国の異なる事情に照らした(沿った、即した)」の表現が5回も登場します。CN化の難しさを象徴しているように感じます。またG20では地域ごとの多様性の一つとして、ブラジル、米、印が主導する世界バイオ燃料同盟(GBA)の発足発表もありました。生産強化は勿論、欧州での利用理解が進むことを願います。2つ目は英スナク首相の会見です。内燃機関のみの新車販売禁止を2030から2035年に延期する等が報じられました。実効性が良く判らないEUe-fuel容認よりはるかに具体的な政策変更です。会見の背景を確認すると「家庭負担軽減のため、より実用的で、均衡のとれた、現実的なアプローチ」2)とされていました。選挙対策との声も聞きますが、CN化施策のリアリティが吟味されるのは健全ですし、EUへの波及も期待したいところです。3つ目はIEAのネットゼロのロードマップの更新版3)発表です。2021の初回発表時から、パンデミック後の経済活動回復等によって2030CO2排出量の増加が予想される一方で、太陽光発電の飛躍的な伸びを期待し、逆に水素や水素利用燃料への期待値が低下しているのは、大いに気になるところです。

前置きが随分長くなりましたが、最終回はモビリティの視点からCNを考えてみます。

 

    電動化と燃料転換の両輪が期待されるモビリティのCN

冒頭で示した「各国で異なる事情」を踏まえ、AICEは、「CN実現には、内燃機関を含め、様々なパワートレインの技術進化が地域軸、時間軸毎に求め続けられ、内燃機関搭載車両でもCN実現は可能であるとの判断のもとに実現に向けたAICECN技術シナリオを策定しました」としています。AICEHPにも掲載していますので4)、是非、ご覧になってください。また、このシナリオやその背景となる考え方の妥当性については、動向調査や、外部有識者講演、産学でのディスカッション等、様々な機会を通じて確認を続けています。昨年度の動向調査では、乗用車だけでなく、大型商用車、産業車両、建設機械、農業機械などのCN化技術を調べました。適用する車両によって効果差はあるものの、いずれにおいても、電動化(BEVPHEVHEVFCEV)、CN燃料(合成燃料、バイオ燃料、水素など)とその消費量を削減するためのエンジン高効率化、軽量化、制御技術が挙がっています*

 *本コラムではBEVBattery EV)を一般的な「EV」と表記してきましたが、このパラグラフでのみ他の電動化技術と区別するためBEVと記します。また、動向調査報告書は非公開のため、詳細は割愛させて下さい。

AICEの動向調査に含まれていない航空機や船舶はどうでしょうか。国連の国際民間航空機関(ICAO)は、2020年以降国際航空の排出量を増加させないとしてきましたが、昨年、2050年実質ゼロと、目標の大幅修正を行いました。2016年に設定した「国際民間航空のためのカーボン・オフセット及び削減スキーム(CORSIA)」を2021年から運用し、持続可能な航空燃料(SAF, Sustainable Aviation Fuel)を推進していますが5)、目標修正に伴いSAFの大幅増産と併せて、航空機そのものや運航の改善も求められています。日本のGX基本方針参考資料6)では、電動化や水素技術等も示されていますが、重量や搭載スペースなどの問題から、SAFが主体になるようです。

国際海運の分野でも国連の国際海事機関(IMO)が、2050年ライフサイクルGHGGreen House Gas)半減の目標を、今年7月に排出ゼロに大きく修正しています7)。具体的な対策立案は来年度とのことですが、GX基本方針参考資料では、水素燃料船、アンモニア燃料船が、また内航船については電気推進船も示されています。AICEの技術シナリオにはオンボードCO2回収も掲げており、先行して国内外で実証が行われている船上でのCO2回収技術も要注目です。因みに自動車はwell-to-wheelですが、船舶燃料のライフサイクルGHGwell-to-wake と表現するそうです。自動車もタイヤでのロスを考えると、well-to-track くらいの方がより正確かもしれませんね。

 

 

【AICE連載セミナー】第4回 モビリティにおけるカーボンニュートラル(CN)化の課題

 (写真)坂本理事に質問する筆者  AICE共同研究企業フォーラム(23/10/4)にて

 

    電動化(ここではEV)への期待と課題

IEAのネットゼロのロードマップ更新版でも2050年のEVシェアーは90%から95%に上方修正されるなど、非常に期待が高まっています。その一方で、よく言われる価格、航続距離、充電時間 等の課題に加え、リセールバリュー低下やクリティカルミネラルの調達リスク、等も指摘されています。また、電池搭載で重くなる車両はブレーキやタイヤの摩耗粉塵が増えPMやマイクロプラスティックの増加として問題になります。高まる期待に応えるには、これら電池起因の課題を全固体などの革新電池によって早期に克服していかねばなりません。

 実質的なCO2削減効果についても上積みが必要です。一般にEVCO2排出量は車両の電費と全電源平均のCO2排出係数から求められます。石炭発電比率が高ければ排出係数は大きくなり、「EVは普及したけど、却ってCO2が増えた」と言うことにもなりかねません。電源の非化石化とセットで推し進めていく必要があります。更に詳細なCO2削減効果算出のためマージナル電源で考えるべきとの指摘もあり、総合資源エネルギー調査会の小委員会でも議論されています8)。日中、太陽光発電が過剰で抑制されている際にEVが充電されれば、再エネ電力がマージナル電源として機能しEVCO2排出はほぼゼロになりますが、逆に夜間充電では火力発電がマージナル電源となり全電源平均から求めたCO2排出量を上回ってしまいます。こうした問題の解決にVPPVirtual Power Plant)やデマンドレスポンス*がどこまで機能するのか、その実効性に期待したいところです。

 *VPPは小規模の発電設備や蓄電装置、需要家側の負荷設備などを一体的に統合制御することで大きな仮想発電所としてまとめること

  デマンドレスポンスは電力の供給過多時は需要を増やし(上げDR)、逆の時は需要を減らして(下げDR)需給をバランスさせること

EVは市場拡大が期待されるが故、各国の自国産業促進、経済安全保障に対する思惑の対象として、手厚い恩恵と共に様々な規制も受けます。米インフレ削減法(IRA)では、乗用車と小型トラックが最大$7,500の所得税額控除を受けることができますが、対象車両に認定されるには、北米での最終組立て要件、希望小売価格上限に加えて、クリティカルミネラルとバッテリーコンポーネント調達要件などを満たさなければなりません9)。中でも「懸念される外国の事業体」の定義は今年度末とされており、自動車メーカの開発・生産計画に重要な影響を及ぼしています。欧州でも、材料調達からリサイクル/廃棄までの電池のライフサイクル全体を規制する新電池規則が今夏から施行されました10)。今後、カーボンフットプリントの明示、リサイクル材含有基準への適合、バッテリーパスポート(蓄電池のライフサイクルに関わる情報の電磁記録)実装などに加え、サプライチェーン全体のデューデリジェンス(企業の人権侵害に関する義務)などが順次実施されます。これらは、電池メーカの貴重なノーハウの開示義務となるリスクもあるようです。

 

    燃料転換(ここではCN液体燃料)への期待と課題

モビリティの多くは自身で燃料を搭載して移動するため、転換燃料としてはエネルギー密度の高い液体燃料が望まれています。液体燃料であれば、既存インフラ流用やレジリエンス、エネルギセキュリティの面でもメリットがあります。実用化ではバイオ燃料が先行しますが、量的な不足懸念から工業的に大量製造できる合成液体燃料が期待されます。日本でも、EUe-fuel容認やG7札幌 気候・エネルギー・環境大臣会合での合意を契機として、先行する海外(多数の欧州プロジェクト、チリのHaru oniプロジェクト等)11に追いつくべく、「2040年までに商用化」を2030年代の早い時期に可能な限り前倒すことが、「合成燃料(e-fuel)の導入促進に向けた官民協議会」で検討されています12)

課題は製造コストで、原料となる水素製造コストとCO2回収コストに合成コストが加わります。協議会の中間とりまとめ資料では、全て国内で製造する場合は約\700/L、全て海外で行う場合でも約\300/Lとされています。非常に高額な印象ですが、例えばAICEが実施している「GI基金事業/CO2等を用いた燃料製造技術開発プロジェクト 燃料利用技術の向上に係る技術開発」の目標値(燃料消費量半減)を達成できれば、海外製造ケースの「燃料代」は現状のガソリン車に近づきます。

また、コラム1回目から示してきました「勝負の10年」が再エネだけでは賄えないこと、クリティカルミネラルのリスク等からも燃料転換は不可欠です。更にその先においても、CN液体燃料の適用範囲をCO2削減が難しいhard-to-abate分野(例えば航空機)に限定せず広く使用することで、コスト高回避や様々なリスクへの対応も可能になると考えます。

CN液体燃料活用を加速するためにもAICEは燃料消費量の半減に全力を挙げて取り組んでいきます。

 

1)    外務省 G20ニューデリー首脳宣言  100550653.pdf (mofa.go.jp)

2)    イギリス政府 PM speech on Net Zero: 20 September 2023 - GOV.UK (www.gov.uk)

3)    IEA Net Zero Roadmap: A Global Pathway to Keep the 1.5 °C Goal in Reach - 2023 Update (windows.net)

4)    AICE カーボンニュートラル実現に向けたAICEの役割  自動車用内燃機関技術研究組合(AICE:アイス)

5)    国交省 航空機運航分野におけるCO2削減に関する検討会 第1回資料 001395880.pdf (mlit.go.jp)国際民間航空機関(ICAO)における脱炭素化の取組 ICAO_CN.pdf (mlit.go.jp)

6)    経産省 GX実現に向けた基本方針参考資料 20230210002_3.pdf (meti.go.jp)

7)    国交省 報道発表資料:国際海運「2050年頃までにGHG排出ゼロ」目標に合意~国際海事機関 第80回海洋環境保護委員会(7/3~7/7)の開催結果~ - 国土交通省 (mlit.go.jp)

8)    経産省 第35回省エネルギー・新エネルギー分科会 省エネルギー小委員会 035_01_00.pdf (meti.go.jp)

9)    DOE Federal Tax Credits for Plug-in Electric and Fuel Cell Electric Vehicles Purchased in 2023 or After (fueleconomy.gov)

10)  EU official website  EUR-Lex - 32023R1542 - EN - EUR-Lex (europa.eu)

11)  経産省 合成燃料(e-fuel)の導入促進に向けた官民協議会 商用化推進ワーキング・グループ 001_07_00.pdf (meti.go.jp)

12)  経産省 合成燃料(e-fuel)の導入促進に向けた官民協議会 中間とりまとめ 2023_chukan_torimatome.pdf (meti.go.jp)

【AICE連載セミナー】第4回 モビリティにおけるカーボンニュートラル(CN)化の課題

(写真)AICE共同研究企業フォーラム(’23/10/4)日本エネルギー経済研究所・坂本理事講演の様子

コラムのコラム    やはりクルマは楽しくなくっちゃ ~

 

国内自動車メーカのHPを覗いてみると、各社の理念やビジョンには、「幸せ、愉しさ、笑顔 」、「感動、心を動かす、輝く、いきいき」 等のキーワードが溢れています。

カーボンニュートラルは如何に化石燃料の使用量を抑えられるかという議論になりがちですが、その視点であれば公共交通機関等の大量輸送手段が最も効率が良く、クルマの個人所有は避けるべきでしょう。しかしながらヒトは我儘です。自分の好きなタイミングで好きな路を選びたい。乃木坂46の歌詞のように「走りたい時に 自分で(アクセルを)踏み出せる」ようになりたい。そのためにも、どんなパワーユニットを選んでもCNは実現できており、「EVの低速トルクは凄いね~!」「高速のノビ感・エンジンサウンドは内燃機関でしか味わえないよね~!」等、自らドライブする幸せや感動を感じられるクルマになることを願って、筆を置きます。

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