【AICE連載セミナー】CN燃料の種類とe-fuelの課題と世界動向(古野 志健男 第2回)
- コラム

2023.12.25

【AICE連載セミナー】CN燃料の種類とe-fuelの課題と世界動向(古野 志健男 第2回)

【AICE連載セミナー】CN燃料の種類とe-fuelの課題と世界動向(古野 志健男 第2回)

著者 古野 志健男

(株式会社SOKEN エグゼクティブフェロー、株式会社デンソー 技監兼務)

 

第1回目では、欧州と米国のカーボンニュートラル(CN)に向けたエネルギー事情について簡単に解説した。我らの宇宙船地球号が船内にあるエネルギー以外で得られるエネルギーは、ほとんどが太陽からの恵みである。それらは、太陽光、太陽熱、風力、水力などで自然エネルギーと言う。自然エネルギーには、月との引力による潮汐や、地球が有する地熱もある。

 

自然エネルギーも含めた上位概念として再生可能エネルギー(再エネ)がある。再エネとは、自然界に常に存在し補充されて枯渇することなく二酸化炭素CO2を増加させないエネルギーのこと。その他の再エネとしては、バイオエネルギーや廃棄物発電などのリサイクルエネルギーも含まれる。

 

今回は、それらCN燃料の種類や課題について解説したい。なお、同じCN燃料であるバイオ燃料については、第3回目のテーマとする。

【AICE連載セミナー】CN燃料の種類とe-fuelの課題と世界動向(古野 志健男 第2回)

CN燃料とは?

 

 CN燃料とは、原材料や製造工程から燃焼時までトータルで大気中のCO2を増加させない気体、液体、固体燃料の総称である。図1にCN燃料の種類と製造の流れを簡単に示す。主なものに、水H2Oと回収CO2からの合成燃料、水を電気分解(水電解)したH2、バイオマスを発酵させたバイオアルコール、植物油からのバイオディーゼルなどがある。合成燃料には、一般にe-fuelと呼ばれる液体の炭化水素燃料と、気体の炭化水素燃料の合成メタンがある。

 

CN燃料は、基本的には再エネ由来の非化石燃料である。ただ、化石燃料である石炭などから再エネ電力を利用した水蒸気改質により熱分解したH2も、副産物のCO2CCUSCarbon dioxide Capture Utilization and Storage)すれば、CN燃料と言える。その水素を一般的にブルー水素という。

 

 なお、再エネ電力で水を電気分解(水電解)した水素は、グリーン水素という。余談だが、原子力発電の電力由来の水素をイエロー水素、鉄工所などで副産物として発生した水素をホワイト水素という。それら水素から合成されたアンモニアNH3もそれぞれ同じ色で表現される。

 

e-fuelの定義と製造法

 

 e-fuelとは、大気などから分離回収・濃縮したCO2H2Oを原料として再エネ電力を用いて人工的に合成した液体の炭化水素燃料を指す。e-fuelの語源は、ドイツ語の「Erneuerbarer Strom:再生可能エネルギーで発電した電気」の頭文字のEに、「燃料」の英語である「fuel」を付けたものと言われている。一方、主に米国では「Electrofuels」という新しい英単語の略表記ともされる。

 

 図2e-fuel製造工程の全体流れを示す1)。まず、原料であるH2は、再エネ電力によるH2Oの電気分解などにより生成する。もう一つの原料である一酸化炭素(CO)は、分離回収・濃縮したCO2を再エネ電力で逆水性ガスシフト反応によりCOに変換する。逆水性ガスシフト反応とは、CO2H2COH2Oの吸熱反応であり、500以上の温度と触媒により実現される。

 

こうして、得られたH2COを新たな原料として、主に100年近く前からあるフィッシャー・トロプシュ法(FischerTropsch processFT法)により液体の炭化水素燃料を合成できる。このFT法は、1920年代初めにドイツの研究者であるF. FischerH. Tropschが開発した人工石油生成技術であり、鉄やコバルトの化合物を触媒として高圧条件下での発熱反応を利用している生成される炭化水素の種類は、触媒の種類、圧力、温度条件などによって異なる。

 

一方、メタネーションという技術も確立されている。回収されたCO2H2を高温高圧状態でニッケルなどの触媒によってメタンと水を合成する。これは、フランスの科学者ポール・サバティエが1911年に発見したサバティエ反応(反応式:CO2+4H2→ CH4+2H2O)である。また、ハーバー・ボッシュ法でグリーン水素と窒素N2から合成されたグリーンアンモニアNH3CN燃料であるが、一般にはどちらもe-fuelに分類しない。

 

e-fuelの課題 (コスト)

 

 e-fuelの大きな課題は、製造コストを低減することと生産量を拡大することである。まず、重要なコストについて述べる。経済産業省資源エネルギー庁が開催する「合成燃料研究会」が20214月に取りまとめた中間報告によると、表1のように水素価格に大きく依存するという2)。国内で生産した現状の水素価格が100円/Nm3程度で、それをもとにe-fuelのコストを試算すると約700円/Lとかなり高い。CO2回収とFT合成法のコストも加算したものである。税を含まないガソリン燃料が90円程度だから約8倍に達する。これでは普及は難しい。

資源エネルギー庁が掲げる2040年の仮目標値である20円/Nm3まで水素価格を下げられると、e-fuelのコストは約200円/Lとかなり下がるが、それでも現状のガソリン燃料価格に及ばない。ただし、水素価格をさらに引き下げられる可能性は十分にある。例えば、米エネルギー省(DOE)が202011月に発表した水素エネルギー戦略(Hydrogen Program Plan)では、2030年の水素目標価格を1ドル/kg(約12.6円/Nm3140/ドル)と設定している3)。これでe-fuelを製造すれば約145円/Lとなり、税制優遇と組み合わせればガソリン価格と同等以下にできる可能性がある。

 水素価格以外でe-fuelの低コスト化のためには、CO2の分離回収やFT法のコストを低減することである。例えば、FT法は、高圧(5MPa程度まで)、高温(セ氏200300度)の条件下で鉄(Fe)などの触媒を用いて合成するので、消費エネルギーが大きくコストがかかる。しかもFT法ではメタンやワックスなど様々な炭化水素ができてしまい、選択性も悪い。これもコストを押し上げる。

 もちろん、課題の解決を目指した取り組みもある。FT法の場合は温度圧力制御の最適化技術や新触媒の開発である。例えばENEOSホールディングスは、新触媒の開発などにより近い将来に安価なe-fuelを実現することを目指している4)

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e-fuelの課題 (生産量)

 

もう一つの課題として生産量の拡大がある。原料の1つであるCO2の回収・濃縮には大規模な設備が必要である。特に、大気中の410ppmという低濃度のCO2を直接回収するDACDirect Air Capture)」と呼ばれる方法では、回収量も少なく効率が良くない。火力発電所や製鉄所などから排出された高濃度なCO2に対しては効率よく回収できるが、直接大気中のCO2を低減できない。いずれも、現状は消費エネルギーがかかってしまう。例えば、DACの場合は、現状では回収するCO2量に相当するくらいの消費エネルギーが必要になる。

 

もう一つの原料であるグリーン水素についても、現状の製造量は、コスト制約で極端に少ない。世界第1位の水素生産国である中国では、年間3300万トン中1%未満である。世界第2位の水素生産国であるアメリカでさえ、現状年間約1000万トン中約5%程度とほとんどがグレー水素なのだ。ただ、両国含め、今後はブルー水素やグリーン水素の生産体制を急増していく戦略を立てている。

 

 

e-fuelの実証事業 (ハルオニ・プロジェクト)

 

それら合成燃料e-fuelの課題解決に向け、表2のように欧州を中心に世界中で多くの実証プロジェクトが進行中だ5)。今のところ最も大規模なものは、チリ南部マガジャネス州で始まった「Haru Oni(ハルオニ)プロジェクト」である6)。ドイツSiemens Energy(シーメンス・エナジー)やチリの合成燃料製造会社HIFHighly Innovative Fuel)グローバルが主導し、ポルシェやチリ電力大手AMEAndes Mining & Energy)、イタリアの電力大手Enel(エネル)、米石油大手ExxonMobile(エクソンモービル)なども参画する。

 

 ハルオニ・プロジェクトの狙いは、風力や太陽光などによるチリの豊富な再生可能エネルギーを100%活用した内燃機関用e-ガソリンの生産である。チリでは風力発電の条件が良く、電気料金が安い。安価な再エネ電力とシーメンスエナジー製のプロトン伝導膜(Polymer Electrolyte MembranePEM)を用いて水電解し、グリーン水素を生成する。これは、燃料電池セル(PEFC)を逆に反応させたもので高効率を狙っている。

 

そのグリーン水素と大気や工場から回収したCO2を用いて触媒によりe-methanol(メタノール)を合成し、エクソンモービルの技術「MTG法(Methanol to Gasoline)」を利用してe-ガソリンを製造する。主成分はエンジンのノッキング(異常燃焼)に強いオクタン価100のイソオクタン(C8H18)とみられ、非常に使いやすい合成燃料である。MTG法は、もともとエクソンモービルの前身の1社であるMobil(モービル)が1976年に公表した合成法である。

 

 ハルオニ・プロジェクトでは2022年までに約13Le-ガソリンを試験的に生産し、2024年までに年間5500L2026年には年間約55000Lの生産を計画している。大量生産したe-ガソリンは、ドイツを中心に輸出する予定だという。2026年に計画しているe-ガソリンの生産量の規模感を試算してみる。例えば、プリウスE1.8L、2WD)のWLTC燃費は32.1km/Lであるが仮に実走行燃費が27km/Lだとすると、1年間に1km走行するとして、約150万台分の燃料に相当し、かなりの生産量である。

 

 e-fuelの需要として最も優先的に考えられているのが、持続的な航空燃料SAFSustainable Aviation Fuel)としてである。特に、ジェット機などは電池を搭載して飛行することは重量的に不可能である。現在は、SAFとして主に植物油や廃食油から精製したバイオ燃料を使用しているが、供給量が足りずe-fuelが期待されている。

 

 日本でもe-fuelの社会実装プロジェクトが盛んである。例えば、出光興産も数年前から「一歩先のエネルギー」としてe-fuelなどの実用化に精力的だ。2023121日付でCNXCarbon Neutral Transformation)戦略本部を室組織から拡張し設置した7)。北海道製油所で2030年までにe-fuelの実用化を目指している。また、前述のハルオニ・プロジェクトに参画するHIFグローバルが製造するe-ガソリンを2027年頃から調達する方向で協議が始まっている。図3のように日本で回収・濃縮したCO2を原料としてタンカー輸送し提供することも検討。

 

以上のように、合成燃料e-fuelは、課題は大きいが、運輸部門のCN化に向けて必要不可欠なCN燃料の1つとして実用化が急がれている。世界中で走行している15億台以上のエンジン搭載の既販車のCN化の重要な解決策の1つでもあるからだ。

 

 

##略歴

ふるの・しげお。1957年生まれ。滋賀県出身。1982年豊橋技科大電気電子工学専攻修了。同年トヨタ自動車工業(現・トヨタ自動車)入社、東富士研究所先行エンジン部署配属。2005年第2パワートレーン開発部部長。2012年、日本自動車部品総合研究所(現・SOKEN)常務、2013年同社専務、2020年同社エグゼクティブフェロー、デンソー技監兼務、現在に至る。2014年~20193月まで内閣府SIP革新的燃焼技術サブプログラムディレクター。2018年~日本自動車部品工業会技術顧問、現在に至る。

 

参考文献

1) https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00878/091400022/?P=2

2) https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/gosei_nenryo/pdf/20210422_1.pdf

3) https://energy-shift.com/news/ec1e2cdb-2abb-49fc-a9c0-d97b25a1fecb

4) https://www.eneos.co.jp/company/rd/intro/low_carbon/efuel.html

5) https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00878/091400022/?P=3

6) https://eu-strategy.com/strategy-news/14170/porche-siemens-e-fuel

7) https://www.idemitsu.com/jp/news/2023/230405.html

 

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