【AICE連載セミナー】バイオ燃料の種類、課題と世界動向(古野 志健男 第3回)
- コラム

2024.01.30

【AICE連載セミナー】バイオ燃料の種類、課題と世界動向(古野 志健男 第3回)

【AICE連載セミナー】バイオ燃料の種類、課題と世界動向(古野 志健男 第3回)

著者 古野 志健男(株式会社SOKEN エグゼクティブフェロー、株式会社デンソー 技監兼務)

 

2回目では、カーボンニュートラル(CN)燃料全体の種類、および合成燃料であるe-fuelの課題や実証プロジェクトなど世界動向について解説した。今回は、もう1つの代表的なCN燃料であるバイオマス燃料について解説したい。バイオマスとは、生物由来の有機性資源の総称である。特に、植物は大気のCO2を自然に吸収・固定化してそれ自身がCN燃料である。(2回の図1参照

 

ただ、モビリティのエンジン用にはバイオマスからのガス化燃料や液化燃料が利用しやすい。バイオガスの代表はバイオメタンである。液体バイオ燃料の体表的なものは、バイオエタノールとバイオディーゼルがあり、すでに実用化されガソリンや軽油に混合されている。

【AICE連載セミナー】バイオ燃料の種類、課題と世界動向(古野 志健男 第3回)

バイオメタン

 

 バイオメタンは、主に動物のふん尿や下水汚泥由来の発酵ガスが原料で、その約60%がメタン(CH4)、約40%が二酸化炭素(CO2)である。CH4だけ分離したものをバイオメタンという。食品廃棄物の発酵からもバイオメタンを取り出せる。また、木質バイオマスへの水蒸気改質などによるガス化によりH2COを生成しそれらを原料にメタネーションでバイオメタンを製造する方法もある。いずれにしても、有機物からのメタン精製でありCN燃料である。

 

日本では、資源エネルギー庁がバイオメタンの都市ガス利用を推進している1)。日本の下水汚泥に含まれる有機物のエネルギー利用割合は、図1のようにバイオガスとして16%に留まっている2)。処理プロセス含めコストや設備の課題が大きい。動物のふん尿からの発生バイオメタンの利活用は世界中で推進中である。事例は後述する。

 

バイオエタノール

 

ガソリンエンジン用には、すでにバイオエタノールをE1010%混合)とか、E2727%混合)のようにガソリンに混合して販売している。ブラジルではE100燃料(バイオエタノール100%)も流通する。バイオエタノールの原料は大きく3種類あり、ブラジルのサトウキビで有名な糖質系原料、とうもろこしを代表とするでんぷん質系原料、食料ではないわらや木材の繊維成分であるセルロース系原料である。

 

現時点で大量生産されているのは前者の2つ。製造方法はいずれも蒸留酒造りと基本的に同じで、発酵や蒸留となる。でんぷん質やセルロース系原料の場合には、発酵の前に糖化という工程が追加で必要になり、消費エネルギーが増えて高コストなる。それゆえ、サトウキビ原料の場合は「グリーンエタノール」と言われるのに対し、とうもろこしのそれは「イエローエタノール」と呼ばれることがある。

 

また、とうもろこしなどを原料とするエタノールは、食料資源と競合するため問題視されやすい。米国ではとうもろこしはほとんど家畜の飼料であるが、バイオエタノールにとうもろこしを多く利用すると、豚肉が高くなってしまう。

 

米国は最近、非可食性のセルロース系の増産政策を推し進めている。先進的バイオ燃料とも言う。ただ、セルロースは分解(糖化)しにくいために手間がかかる。その分解酵素も高価で、生産コストが最大の課題となる。現在、米国で少量生産されているものの、バイオエタノール生産量のわずか0.5%程度で、やはり生産コストの壁は厚い3)

 

バイオディーゼル

 

 バイオディーゼル用の原料は、菜種油、パーム油、大豆油などの植物油、魚油・獣油、廃食用油など種類が多い。バイオエタノールと同様に、モビリティのディーゼルエンジン用には、すでにB55%混合)やB1010%混合)などとして軽油に混合されて流通している。

 

 植物油などの製造方法は、バイオエタノールのように糖化、発酵、蒸留の必要がなく、圧搾法など単純である。ただ油脂そのままでは粘度が高い。そこでアルコールによるエステル交換反応を用いてグリセリンを取り除き、脂肪酸メチルエステル(FAMEFatty acid methyl Ester)に精製することで粘度を下げる必要がある。

 

ただしFAMEなどのバイオディーゼルにも課題が多い。例えば酸化劣化しやすいことや低温流動性が低いこと、噴射系の腐食やデポジットでつまりやすくなることなどである。解決策の1つが、再生可能エネルギー由来の水素を使用してFAMEなどに水素化処理をして、低分子化(ハイドロトリートメント、ハイドロクラッキング)する手法である。この水素化処理燃料は「精製植物油(HVOHydrotreated Vegetable Oil)と呼ばれ、既に量産化されている。

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◆世界のバイオ燃料推進の動き

 

 将来のCN燃料として第2回セミナーで述べたようにe-fuelの実用化を目指し各地で実証事業が推進されているが、その前に実用化されているバイオ燃料の増産・拡大や低コスト化、高品質化を世界中で加速している。

 

    インド、ブラジル、米国主導で世界バイオ燃料同盟設立

20239月、インド開催のG20サミットでは、モディ首相提案で米国とブラジルも主導する世界バイオ燃料同盟(GBAGlobal Biofuels Alliance)が発足した419の参加国とIEA含めた12の国際機関が発足時のメンバーである。米国とイタリアを除けば、グローバル・サウスの国々が名を連ねる。2022年現在のバイオエタノールの生産量は、GBAの主導3ヵ国(米国、ブラジル、インド)で世界の約85%を占める。ただ、インドの割合は、現状では約2%と少ないが今後増産計画だ。IEAの試算では、2050年のCN達成には世界のバイオ燃料生産量を2030年までに現状の3倍にしなければならないという。

 

インドは、自動車産業の電動化政策を進める一方、バイオ燃料政策も強化する。ロシアからの石油など世界第2位のエネルギー輸入国なので、エネルギーの自立化を狙う。また、雇用含めた農業の活性化という観点もある。

 

グローバル・サウスのもう一つの代表国であるブラジルでは、1970年代のオイルショック以来、前述のように政策的にサトウキビからのバイオエタノール生産を推進し、米国に次いで第2位の生産国である。202310月現在、高騰するガソリンに対してバイオエタノールは約4割安価だという5)。加えて、生産量を拡大しているとうもろこしからもバイオエタノール生産を始めている。一方、ブラジルの大豆生産量は世界一で、大豆からのバイオディーゼルの生産も盛んだ6)

 

    バイオメタン活用事例

人口5200人の北海道鹿追町では、2万頭の乳牛ふんや生ごみの発酵によるバイオガスからCH4を抽出しバイオガス発電している7)。鹿追町の年間消費電力量の約7割を補う。また、発電所の冷却水熱を利用し、チョウザメの飼育やマンゴーの栽培もしている。

 

インドには牛と水牛が合わせて3億頭以上いると言われている。スズキとインド政府の全国酪農開発局(NDDB)が合同で、その牛のふん尿の発酵によりバイオガスを精製し、圧縮バイオメタンガス(CBG)を製造する実証事業を開始した。それを70%のシェアを持つスズキCNG(圧縮天然ガス)車の燃料として活用する。2025年から4基のバイオガスプラントを稼働させる計画だ8)

 

    米国でのバイオ燃料政策の強化

米国は、e-fuelではなくてバイオ燃料に積極的である。2のように9)2020年の米国のバイオエタノールとバイオディーゼルの生産量はどちらも世界一であるが、さらに増産体制を連邦やDOE(米国エネルギー省)が支援する。背景には、バイオ燃料を重視してきた歴史がある3)。そもそも196070年の大気汚染時代にさかのぼる。1970年に制定された大気浄化法や燃料無鉛化の取り組みに伴い、環境に優れたオクタン価向上剤としてバイオエタノールを添加するようになった。1973年の第一次オイルショック以降は急激にバイオ燃料の生産量が増えた。

 

政策面では、2005年の包括エネルギー政策法(Energy Policy Act 2005)の中に、再生可能燃料基準(Renewable Fuel StandardRFS)を設けた。輸送用燃料(ガソリン、軽油、ジェット燃料など)に対してバイオ燃料の最低使用量(化石燃料への混合比率)を石油精製業者に義務付けている。

 

また、自動車燃料へのバイオ燃料混合比も年々増加する。米国環境保護庁(Environmental Protection AgencyEPA)が毎年その目標値を発表するが、2020年のバイオ燃料使用量目標は200.9億ガロンまで達した。石油販売業者は、ガソリンや軽油に対して体積比で10.9%のバイオ燃料を添加しなければならない。20236月には今後3年間のRFSを最終設定した。2023年:209.4億ガロン、2024年:215.4億ガロン、2025年:223.3億ガロンと増加方針である10)

 

米国は運輸部門のCN達成に危機感を抱いており、船舶や航空機、ピックアップトラックなどの内燃機関を搭載する大型モビリティの脱炭素化にバイオ燃料が欠かせないとみて急いでいる。バイオ燃料技術は基本的には確立されており、早く導入できる利点があるからだ。

 

    SAFへのバイオ燃料活用

直近でバイオ燃料の優先的な利用先は、第2回セミナーで述べたように持続可能な航空用燃料SAFSustainable Aviation Fuel)用である。現在使用されている航空燃料は、原油から作られたジェット燃料などであり、世界の航空機からのCO2排出量は9.5億トンで約2.6%を占める11)SAFの主な原料は、精製した植物油燃料や廃食油、それらを水素化処理(HVO)したバイオ燃料などである。

 

日本では、2030年までに航空燃料の10%をSAFに代替するという目標を掲げている。欧州でもグリーンデール政策の一環として航空会社にSAFの一定割合の使用を義務化している。アメリカでもバイデン政権(ホワイトハウス)は2050年までには航空燃料を100SAFにするとの目標を20219月に設定し、SAFの生産会社などに資金援助を推進する。現在世界の50以上の空港でSAF供給設備があるが、課題はコスト低減と供給量不足の解消である。特に、各国ともSAFの内製供給を重要視しているが、原料の確保が難しい。

 

以上のように、CN燃料の代表的な1つであるバイオ燃料(バイオメタン、バイオエタノール、バイオディーゼルなど)は、すでに運輸部門で混合利活用されていて、今後さらに拡大政策が世界中で進んでいる。モビリティのCN化に向けて、第2回セミナーテーマのe-fuel普及の前にバイオ燃料は必要不可欠なCN燃料であり、大幅に増産していかなければならない。

 

##略歴

ふるの・しげお。1957年生まれ。滋賀県出身。1982年豊橋技科大電気電子工学専攻修了。同年トヨタ自動車工業(現・トヨタ自動車)入社、東富士研究所先行エンジン部署配属。2005年第2パワートレーン開発部部長。2012年、日本自動車部品総合研究所(現・SOKEN)常務、2013年同社専務、2020年同社エグゼクティブフェロー、デンソー技監兼務、現在に至る。2014年~20193月まで内閣府SIP革新的燃焼技術サブプログラムディレクター。2018年~日本自動車部品工業会技術顧問、現在に至る。

 

参考文献

1)    出典:資源エネルギー庁ウェブサイト(https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/denryoku_gas/gas_jigyo_wg/pdf/028_03_01.pdf

2)    出典:国土交通省ウェブサイト(https://www.mlit.go.jp/mizukokudo/sewerage/crd_sewerage_tk_000124.html

3)    https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00878/110500023/

4)    https://www.jetro.go.jp/biznews/2023/09/55b96e188e0e5e0b.html

5)    https://www3.nhk.or.jp/news/special/international_news_navi/articles/feature/2023/10/06/34901.html

6)    出典:独立行政法人農畜産業振興機構ウェブサイト内(https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_001275.html

7)    https://www.awi.co.jp/ja/special/special-24043321519152832932.html

8)    https://www.jetro.go.jp/biznews/2023/09/e86a1aa2555b99bc.html

9)    https://ieei.or.jp/2022/05/expl220527/

10)  https://www.jetro.go.jp/biznews/2023/06/ee9c2b968724395a.html

11)  出典:経済産業省ウェブサイトhttps://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/green_innovation/industrial_restructuring/pdf/001_06_00.pdf

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