【AICE連載セミナー】エネルギー変換の基礎(長谷川 学 第1回)
- コラム

2024.02.26

【AICE連載セミナー】エネルギー変換の基礎(長谷川 学 第1回)

【AICE連載セミナー】エネルギー変換の基礎(長谷川 学 第1回)

著者:AICE戦略企画検討会 長谷川 学(日産自動車 シニアエンジニア)

 

 自動車は文字通り自ら動くことでモビリティの自由を提供する機械です。誕生してから、およそ350年が経過し [1]、自動車は、より快適に、より安全に、より効率良くなりましたが、本質的な価値は大きくは変わっていません。自動車が動くためには仕事が必要となります。自動車が走りだして、元の場所で停止した場合に、ポテンシャルエネルギーとしての仕事量はゼロですが、実際には走行中に生じる内外の抵抗に打ち勝つだけの仕事量は必ず必要となります。また加速時に使われた仕事量を減速時に油圧ブレーキなどで熱として放出した場合には、加速する仕事が更に必要となります。自動車を推進するためには車輪(タイヤ)に駆動力を与えます。かつては飛行機のようにプロペラ推進するクルマ [2]なども開発されたことがあるようですが、現在ではエンジンやモータなどでタイヤを駆動する方式のほぼ一択となっています。車輪はそもそも転がり抵抗を下げるために発明されましたが、今では併せて駆動力、制動力、旋回力を地面に伝える背反した要求を満足させることが求められます。

 仕事をするためには、何等かのエネルギーが必要です。車輪を駆動する場合には力学的エネルギーが必要となります。力学的エネルギーは貯めておくことが技術的に難しいため、自動車では別のエネルギーから力学的エネルギーを取り出して使います。図1に、主要なエネルギーと、その変換ルートを示します。この図を使って自動車のエネルギー変換の流れを説明します。まず、ガソリン車やディーゼル車はガソリンや軽油といった炭化水素が持つ化学的エネルギーを使います。エネルギーを含む物質や現象のことをエネルギーキャリアと呼びます。エネルギー毎に主要なエネルギーキャリアを横に記しています。ガソリン車では、ガソリンをエネルギーキャリアとして化学的エネルギーを運搬しています。正確には炭化水素に加えて酸素も必要なわけですが、酸素は人間が活動するところには必ず存在しているので、一般には燃料とは呼びません。炭化水素を燃焼(酸化)させると発熱し、熱エネルギーを得ることが出来ます。エンジンは、燃焼室内で熱エネルギーを使って空気を高温、高圧とし、ピストンを押し下げる力をクランク機構によって回転力(力学的エネルギー)とします。それぞれにエネルギーを変換する流れを矢印で示していますが、その際の変換効率を示しています。燃焼では未燃によるわずかなロスが生じるだけですが、熱エネルギーを力学的エネルギーに変換する効率(熱効率)は、ガソリン車の場合に3~4割しかなく、この熱効率が低いことが主要な課題となります。

 

 一方、電気自動車の場合には、バッテリーに電気的エネルギーを貯蔵し、モータを使って力学的エネルギーに変換します。モータはとても効率良く電気エネルギーを力学的エネルギーに変換できるだけでなく、力学的エネルギーをジェネレータとして電気的エネルギーに変換することもできます。自動車が減速する時、ガソリン車では油圧ブレーキの摩擦を使って力学的エネルギーを熱エネルギーに変換します。熱エネルギーは貯めておくことが難しいので、制動で生じた熱は周囲の空気に放出しています。一方、モータでタイヤを駆動する電気自動車(ハイブリッド車も含めた全て:xEV)では、減速時に駆動モータをジェネレータとして使うことで、運動エネルギーを電気として回収することが出来ます(回生)。回生したエネルギーはバッテリーなどで貯めておけば、次の加速で使うことができます。自動車では、安全性のため駆動力よりも制動力の方が大きくなるよう設計されている場合が多く [3]、全ての制動力を回生出来る訳ではありません。ただ、xEVでは回生のおかげでガソリン車などと比べてエネルギー消費を抑えることが出来ます。

 

【AICE連載セミナー】エネルギー変換の基礎(長谷川 学 第1回)

電気自動車では、電気的エネルギーをバッテリーなどに貯蔵します。この時、課題となるのは、バッテリーが重たく、かさばることです。自動車が持つ、人や荷物を運ぶモビリティとしての機能や魅力を高めるためには、なるべく車体を軽くつくり、車室・荷室を広くすることが重要です。従って、エネルギーキャリアもなるべく軽く、かさばらない形態が望まれます。図2には、様々なエネルギーキャリアのエネルギーの密度を体積当たりと重量当たりで示しています。軽く、かさばらないためには、この図で右上方向に位置すると良いことになります。水素や炭化水素燃料の場合には、それぞれの低位発熱量を基準にプロットしています。この図から分かるように、ガソリンや軽油といった液体燃料では、バッテリーよりも体積当たりでおよそ50倍、重量当たりで100倍有利であることが分かります。このバッテリーのエネルギー密度が低いことが電動車(xEV)の課題です。バッテリー駆動の電気自動車(BEV)では特に顕著で、ガソリン車の燃料重量と同程度とすると、エネルギー搭載量が小さくなり、1回のフル充電での航続距離が短くなってしまいます。反対にガソリン車と同じ航続距離とするためには、重たいバッテリーを搭載する必要があります。ガソリン車ではエネルギー消費と共に燃料重量は軽くなっていくのに対して、バッテリーは変わらないので、この点でも電気自動車は不利となります。ちなみに、図2から分かるように、気体燃料は液体燃料よりも更に重量密度で有利(同じエネルギー量で比べると軽い)ですが、気体であるがゆえに液体燃料よりも同じ重さだと5倍程度体積が大きいので、相対的に大きな燃料タンクを備える必要があります。気体燃料は圧縮して貯蔵しますが、より高圧としてタンクに貯蔵すれば、より多くの燃料を搭載できます。ただし、高圧とするためにはエネルギーが余計に必要となるため、エネルギーロスやコストの観点では不利となります。

 液体燃料のもう一つの利点として、エネルギー充填に必要な時間が短いことが挙げられます。電気自動車の場合、自宅などで行う普通充電では8時間程度が、外出先などで行う急速充電でも30分程度必要となります [4]。乗用車にガソリンを給油する時、2~3分程度で燃料タンクを一杯にできますが、実はかなり大きなエネルギーを一気に流し込んでいます。充電と給油を比較してみましょう。現在利用できる急速充電器は大きなものでも250~350kW程度です [5]。ガソリンのエネルギー量を低発熱量:44.4MJ/kg、給油機の吐出量を35/min程度と仮定すると、約29,000kWとなり、100倍以上大きいことが分かります。一部で行われているバッテリー交換式であれば見かけのエネルギー輸送速度は給油機並みとなりますが、バッテリーの規格化が高度に進まないと普及は難しいかもしれません。このように、液体燃料はエネルギーキャリアとしてとりわけ優位性が高いと言えます。

 さて、我々が利用しているエネルギーは元を辿ると、自然界にある資源から加工・生成されています。この天然資源から得られるエネルギーのことを一次エネルギーと呼び、代表的なものとして、石油、天然ガス、太陽光などが挙げられます。この一次エネルギーを転換・加工して得られるガソリン、軽油、電気などを二次エネルギーと言います。図3に代表的な一次エネルギーと、自動車に用いられる二次エネルギーの例を、簡易的に示した転換・プロセスと共に示します。一次エネルギーは大きくは、再生可能(Renewable)資源と再生不能(Non-renewable)資源に分類されます。再生可能とは、言い換えると “汲めども尽きない”ということで、人が使ってしまう以上に自然のプロセスで補給されるということを意味しています。一方再生不能(枯渇性)資源は、使用可能な量が有限であるとみなされているものです。図3の一次エネルギーの中でグレーに塗ったものはいわゆる化石燃料であり、燃焼によって地球温暖化効果を持つCO2排出を招くため、青色に塗った非化石燃料への移行(CICarbon Intensityの抑制)が望まれます。

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3では、それぞれの一次エネルギーについて潜在的なエネルギー量を記載しています [6]。再生可能エネルギーについては、一年間の潜在量として、それ以外については可採埋蔵量として、ポテンシャルをエネルギー換算で示しています。一次エネルギーの中では太陽光が潜在的には最も豊富であることが分かります。データ集計時点(2015年)における全世界のエネルギー消費量は18.5[TW/y]ですので [6]、太陽光のポテンシャルはこの千倍以上に相当します。ただしこの値は、全世界(海域は含まない)に届く太陽光の持つエネルギー総量(天候は考慮)を集計したものです。現在市販されている太陽電池の変換効率は、およそ15%~20%であると言われており [7]、ポテンシャルの全てを使うことは出来ませんが、将来有望な一次エネルギーであることは間違いないでしょう。

 自動車用として用いられる二次エネルギーは、図3にあるように化石燃料由来である炭化水素液体燃料(ガソリン、軽油)が主流ですが、燃焼によってCO2排出を伴うため、低CIとして位置付けられるバイオ燃料、水素、再生可能エネルギー由来の電気などが注目されています。再生可能エネルギーは、豊富な地域がエネルギー需要地と離れていることや、天候によって出力が変動することなどから、再生可能エネルギー由来の電気から水素をつくり、大気中のCO2と結び付けて合成燃料(e-fuel)とすることが提唱されています [8]e-fuelについては、従来の化石燃料由来の炭化水素液体燃料と互換性を持たせれば、既存のインフラをそのまま利用でき、既販車も含めたCO2削減効果が期待されます。電気については、電気自動車に使った場合、走行時(Tank-to-wheel)のCO2排出をゼロに出来ますが、電気製造過程(Well-to-tank)で化石燃料を用いるとCO2が排出されるため、発電時の一次エネルギーを再生可能エネルギーに転換することが望まれます。

 AICEでは、内燃機関技術を用いたカーボンニュートラル(CN)技術シナリオを策定しています [9 10 11]。その中では、熱効率の向上に加え、電気、水素、e-fuelをバランス良く使うことで、CNを達成する途上の総CO2排出量の最小化も効果として期待しています

次回は、エネルギー変換効率について、内燃機関の熱効率を中心に解説したいと思います。

 

参考文献

1.     "1679–1681.Chariot à vapeur du RP Verbiest" (in French). Hergé. Retrieved 28 November 2021.

2.     Marcel Leyat: Pionnier de la voiture à hélice

3.     Thomas Hall. “Braking Horsepower: How Much Does Your Car Have?”, Brake & Front End, Feb 1, 2007

4.     日産:リーフ [ LEAF ] | 航続距離・充電 | 充電方法

5.     International Energy Agency. “Trends in charging infrastructure”. Global EV Outlook 2023. April 2023

6.     Perez、,M. & Perez, R.(2015). Update 2015–A fundamental look at supply side energy reserves for the planet. Natural Gas, 2(9), 215.

7.     出典:経済産業省 資源エネルギー庁.変換効率37%も達成!「太陽光発電」はどこまで進化した?”.経済産業省 資源エネルギー庁HP.2017-11-21

8.     出典:経済産業省 資源エネルギー庁.エンジン車でも脱炭素?グリーンな液体燃料「合成燃料」とは”.経済産業省 資源エネルギー庁HP.2021-07-08

9.     自動車用内燃機関技術研究組合. カーボンニュートラル実現に向けたAICEの役割”. 自動車用内燃機関技術研究組合(AICEHP.

10.   Shuji Kimura Manabu Hasegawa. “AICE zero emission scenario for 2050 with industry-academia collaboration”. 6th IFAC Conference on Engine and Powertrain Control Simulation and Modeling E-COSM 2021. August 22 – 25 2021

11.   北村 高明、木村 修二、松浦 浩海、菊池 隆司. カーボンニュートラルに向けた内燃機関の挑戦”.JSAE Symposium 2021. Nov 2021

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