【AICE連載セミナー】2050年Climate Neutralに向けたEU市場のパワートレイン予測(竹内 一雄)
- コラム
2025.08.01
【AICE連載セミナー】2050年Climate Neutralに向けたEU市場のパワートレイン予測(竹内 一雄)

著者 竹内 一雄
(FVV 日本オフィス代表)
1. まえがき
2020年からの急激なBEV(Battery Electric Vehicle)シフトは、2023年12月のドイツ政府による補助金廃止、2025年初頭のトランプ政権によるEV政策の撤回、さらに中国におけるBEVの過剰生産による市場供給の飽和といった複合的な要因により、急速な停滞局面を迎えている。一方で、地球温暖化の進行は依然として深刻化を増しており、地政学的な混乱が存在する中でも、2050年Climate Neutral達成に向けた国際的な潮流は揺るがず、持続可能な社会構築への取り組みは継続されている。
こうした環境下において、パワートレイン技術の将来展望は一層不透明性を増し、技術的選択肢や政策的判断が交錯する混沌とした様相を呈している。本稿では、EUを題材に、急激なBEVシフトの始まった2020年から現在に至るまでの動向を振り返りつつ、2050年のClimate Neutral達成に向けて重要となるCO₂排出規制、電力、eFuelなどのエネルギー供給、インフラ整備といった視点を加えながら、今後も継続する拘束条件を踏まえたパワートレイン予測の方法について紹介する。
知りたいのはBEV、PHEV(Plug-in Hybrid Electric Vehicle)、HEV(Hybrid Electric Vehicle)、ICE(Internal Combustion Engine)車、ディーゼルICE車の未来であり、未知数は5つしかないのに対し、現在5つ以上の拘束条件が存在するため、ある程度、未来は見えてきているのでは?との今後の展望への問いかけである。
(なお今回は、手法紹介を主目的としており、水素については信頼性のあるデータが不十分だったため、予測対象から除外している。)
2. 2050年パワートレイン予測に向けたパワートレイン技術以外の拘束条件
2-1. 将来エネルギー予測
Carbon Neutral(CN)に向けた原動機研究を推進しているドイツFVVでは将来エネルギー予測によるCO₂排出最小となる将来最適パワートレインの予測研究Future Fuel Study(FFS)を行っている。FFS IVb(2022年)「EUの将来エネルギー予測に基づく、将来パワートレイン代替予測(100%シナリオ)」では、図1に示すようにBEVの累積販売台数についてエネルギー代替限界が示されている。バッテリーに使用される希少金属の供給量や、電力網および電力供給能力の制約によりEU市場を走行する3億台の車両エネルギー需要のうち、BEVに供給できる割合は2035年14%(165TWh)、2040年で20%、2050年でも80%以下が限界であるとシミュレーションにより予測されている。これは、自動車業界がBEVの生産・販売に尽力したとしても、電力インフラがそれに追いつかないことを意味する。
一方、eFuelについても研究が進められており、意外に思われるかもしれないが、2040年までに十分な準備期間があり、EU市場に存在する約3億台の市場走行車に対し、eFuel供給が可能になる見通しが示されている。
Carbon Neutral車への代替にかかる膨大な費用については、Future Fuel Study III(2018年)では、エネルギー、インフラ、自動車を含むすべてを2050年までにCarbon Neutral車候補であるBEV、FCEV、eFuel燃料ICE車のどの技術で、100%代替しても代替費用に大差ないことが、ドイツ市場を例に計算されている。
なお、FVVやAICEのように内燃機関を中心とした研究組合に所属していると、eFuelへの投資コストや燃料コストの実現可能性に疑問を抱く向きもある。しかし、電力供給に関しても将来は不透明であり、同様に誰が投資するのかという大きな課題が存在する(CNは、100年以上にわたり築かれてきた運輸部門のエネルギーインフラに対する、大規模な変革を意味している)。

2-2. EU欧州人民党(European People's Party, EPP)による規制見直し案(2024年12月)
自動車のパワートレイン技術は、消費者の嗜好や要求に応えるとともに、人類の持続可能な未来を守るための環境規制の強化によって進化してきた。今後のパワートレインの動向を予測するにあたり、欧州議会最大会派である欧州人民党(EPP)が提案したCO₂規制見直し案の中から、EUにおける将来の技術選択に大きな影響を及ぼすと考えられる項目を以下に整理する(本提案は2026年のCO₂規制見直しに向け、現在審議中)。
・ 2035年の内燃機関(ICE)車の新車販売禁止を撤回し、技術中立(マルチパス)型の規制へ転換する。
・ EUの気候目標である気候中立(Climate Neutral)の達成に向け、平均CO₂排出量規制の数値自体は維持する。
・ 規制見直しにおいて、産業界の現実や消費者の嗜好を考慮する。
・ 炭素補正係数(Carbon Correction Factor)などの導入により、eFuelやバイオ燃料などの代替燃料を認める。また、PHEVも例外として容認する(BEVの例外として容認するの意)。既存車や中古車の脱炭素化にも代替燃料を活用し、その際は再生可能エネルギー指令(RED II / RED III)に準拠する。
・ CO₂削減量のバンキング(貯蔵)を最大3年間許容する。
・ ライフサイクルアセスメント(LCA)手法の早期導入を推進する。
・ CO₂規制の見直し時期を2026年から2025年に前倒しする。
2-3.過去5年間のEU CAFE規制から自動車業界の対応状況
EUでは、2015年のパリ協定によるCO₂削減目標と、2050年Climate Neutral達成に向けて厳しいCO₂規制が制定された。欧州では自動車の使用年数は15年と想定されており、2050年時点で市場を走る車両すべてがCarbon Neutralを達成するため、2035年以降に販売される新車はすべてCarbon Neutral車である必要がある。
この規制にそって、EUではCarbon Neutral車は、現在、BEV、FCEVのみが認められ、2035年には内燃機関(ICE)車の新車販売禁止がEU各国で制定されている。

図2に、右軸赤線で示すように、EUでは、CO₂排出規制が段階的に強化されており、2021年(118g/km)、2025年(93.6g/km)、2030年(49.5g/km)、そして2035年(0g/km)と厳しいCO₂排出規制が規定されている。こうした規制スケジュールに合わせて、自動車メーカーは動力源別の販売構成を計画的に調整し、規制を満たすよう対応してきている。これは厳しい罰金規則付きの規制で、2021年以降、新車のCO₂排出量が規制値を達成できない場合、超過代1g/kmごとに、1台あたり95ユーロの罰金が課される。たとえば、年間100万台を販売するメーカーが1g/km未達だった場合、9,500万ユーロ(約160億円)もの罰金が発生する計算となる。各自動車メーカーは、EU当局に対してWLTP燃費認証値および新車販売台数を届け出る義務があり、CAFE規制を遵守するために、BEVやPHEVの販売比率を急速に高めてきた。規制未達の場合には、テスラや新興BEV中国メーカーなどからCO₂クレジットを購入することで対応している。
3.2025年以降から2030年までのパワートレイン予測手法
EUのEPP規制改定提案の文脈において、2035年Carbon Neutral車の定義は極めて重要である。2035年に向けた計算上では、eFuelを燃料とするICE車、HEV、およびPHEVはCN車として分類されると仮定して予測を行う。この仮定はあくまで暫定的なものであり、最終的にはEU域内の政治的判断に依存する。
今回寄稿での計算は制約条件を以下に定めてEUの将来パワートレイン予測計算を行った。
未知数:EUにおける年間新車販売台数BEV、PHEV、S-HEV(Strong HEV)、
ICEガソリン車(Mild HEVを含む)、およびICEディーゼル車(Mild HEVを含む)
制約条件:
1.EU域内の年間新車販売台数は1,000万台以上を維持する。
2.EUのCO2排出規制に適合すること。
3.CEV(Charged EV)に対する電力供給上限はFFS IVbより
2035年(14%=165TWh)とする。
4.BEVおよびPHEVの販売を優先し、最大70%の販売構成比とする。
(欧州OEMのBEV製造・販売のEUに対するコミットをCEVに適用)
5.2035年にEUの市場走行車両はCN車に対応している。
BEVだけでなく、2021〜2035年で製造販売されたICE搭載車もeFuelの需要量を供給できるのであれば、PHEV,S-HEV,ガソリンICE車、ディーゼルICE車もCN車として認める。
6.CO2削減量のバンキング(貯蔵)を最大3年間許容する。
4.EU市場での結果
制約条件の1~6を満足する2025年から2035年の予測の計算結果を、図2および図3に示す。(図2と3は同じグラフで見せ方が異なるだけである)。
2030年のBEV+PHEVの新車販売割合は49%, ICE搭載車両の新車販売割合は70%
2035年のBEV+PHEVの新車販売割合は66%, ICE搭載車両の新車販売割合は62%
となる。
著者が計算してみて分かったことは、Future Fuel Study IVbのBEV 100%シナリオでは2035年に市場を走行するBEVの電力網は十分確保されておらず、PHEVまでCarbon Neutral(CN)車の枠を広げないとCEVの販売台数を確保できないと言うことである。なお、Future Fuel Study IVbで想定される各年代の車両クラスごとの、BEV、PHEVの電費、燃費、販売割合、走行距離のデータをもとに、累積BEV、PHEVの要求電力が165TWh以下になるよう計算を行った。
2034年迄の燃費規制を満たしEU新車販売台数1000万台以上を維持できるよう計算を行った。ガソリン・ディーゼルICE車については、Mild HEV新規開発分は2034年まで市場に存続するという前提で計算を行った。理由は、2035年に市場走行車両の全てのICE搭載車両の要求eFuel量(775億L)をエネルギー業界が供給できれば、2050年を待たず2035年から欧州の市場走行車のカーボンニュートラル化は達成できるからである。また現在はTank to WheelでのCO₂規制であるが、EPP見直し案どおり、早期にLCA規制が導入される可能性は高く、今後は本計算どおりマルチパスで欧州も現実的な解を求めていくと予想される。
(参考文献)
1.FVV Future Fuel Study III(2018年), IV(2021年)、IVb(2022年)
2.FOURIN世界自動車技術調査月報
2025年2月号/3月号EUパワートレイン/エネルギー予測(竹内一雄)
3.ICCT European vehicle market statistics 2024/25
European vehicle market statistics 2024/25 - International Council on Clean Transportation