【AICE連載セミナー】BEVシフトの転換点と内燃機関回帰(前編)(FVV 竹内 一雄)
- コラム
2026.02.19
【AICE連載セミナー】BEVシフトの転換点と内燃機関回帰(前編)(FVV 竹内 一雄)
著者 FVV日本オフィス代表:竹内一雄
はじめに
欧州では、2020年から急速に進んだBEV(Battery Electric Vehicle)シフトが、2024年を境に需要の停滞へと転じ、内燃機関回帰の動きが強まるなど、パワートレイン情勢は大きな転換点を迎えている。
こうした状況の中、2025年12月15日(月)〜18日(木)に幕張メッセで開催されたCOMODIA*2025では、FVVおよびFVV研究に参加する大学から、欧州でのBEVシフトの転換点と内燃機関回帰に関する展望を示す計4件の発表が行われた。EUのCO₂排出規制により2020年以降急速に進んだBEVシフトに加え、2025年に施行された5年毎の規制強化(WLTP 115→95g/km CO₂)が自動車業界に深刻な影響を与えていること、さらに内燃機関回帰やマルチパスウェイ化の進展、そして今後の展望が示された。本稿では、これら最新の論点を取りまとめる。
ちょうどCOMODIA開催中の12月16日(欧州時間)には、EUが2035年の内燃機関実質禁止を撤回するCO₂規制の見直しの政策転換の発表があった。
欧州から来日した教授陣はいずれも、ドイツ政府やEUとの学術的な窓口を担う専門家であり、こうした状況変化を踏まえた議論は極めてタイムリーな内容となった。会場では立ち見が出るほどの関心を集め、活発な議論が交わされた。
*注:COMODIA(International Conference on Modeling and Diagnostics for Advanced Engine System)「第11回先進エンジンシステムのモデリングと計測に関する国際会議」には、世界21地域から362名が参加。
欧州から発表された4件の内容をAICE連載セミナーで2回に分けて紹介する。
1.「FVV研究協会の紹介」および
「気候対応型モビリティに向けた温室効果ガス排出量モデルの研究」
FVV事務局長 Martin Nitsche氏
Presentation of the FVV Research Association and its Study “Greenhouse Gas Emissions for Climate Mobility
FVV(旧内燃機関研究組合、2022年以降FVVに〈エフ・ブイ・ブイ〉名称変更)は、運輸エネルギー変換システムに関する研究を通じて、ドイツ語圏を中心に産業界と学術界を結ぶコンソーシアムである。1956年内燃機関研究組合として設立され、現在150社の企業会員と250以上の研究機関が参加し、プレコンペティティブ(競争前領域)研究を産官学で推進している。また日本のAICE(自動車用内燃機関技術研究組合)とは2014年設立以来、交流を行い、日独共同研究を6件行ってきた。
2015年のCOP21以降、FVVはパワートレインをエンジン単体ではなく、エネルギー供給を含むバリューチェーン全体=エコシステムとして捉える研究方針へと転換した。
今回紹介された最新の EU Energy System モデルでは、旧 Future Fuel Study で風力・太陽光のみを再生可能エネルギーとし、電気・水素・eFuelをカーボンニュートラル燃料として扱っていた枠組みに対し、エネルギー源として原子力、燃料としては eFuelに加えてバイオ燃料が追加され、インプットバリューがアップデートされた。
FVVの研究戦略の中心にあるのが、電動化、水素、合成燃料、内燃機関など複数の技術パスを並行して検討する「技術中立・マルチパスアプローチ」である(Fig.1)。用途や地域によって最適解が異なるという前提に基づき、特定技術への一本化を避けることで、産業界のレジリエンス(持続的対応力)を確保することを目的としている。
(著者解説)
FVVは技術組合であり、政治的には中立の立場を取っている。FVVの計算モデルは、あくまで技術的にカーボンニュートラルの最適解を追求するものであり、特定の技術や政策を前提にしていない。
欧州では急激なBEVシフトを政策が主導してきたが、FVVがいつマルチパスウェイに舵を切ったのか疑問に感じていたので今回、確認したところ、興味深い経緯があった。COP21を受け、2017年のFVV春季大会においてFCEV「ミライ」の試乗会が行われ、その後の会議で将来エネルギー研究(Future Fuel Studyのエコモデル)が正式に立ち上がったという。2018年に最初の(ドイツのみを対象としたFuture Fuel Study III)結果が出た際、BEV・FCEV・ICEといった単一技術だけでは最適解が得られなかったため、マルチパスウェイの考え方が始まったとのことである。
このアプローチはアカデミアを通じてEUにも紹介され、LCAを踏まえたエコシステム全体で政策を検討すべきだという議論が進んでいる。また米国のDOT(運輸省)もこの手法に注目しているという。COMODIAでも、自動車単体ではなく、エネルギー・インフラ・鉱物資源を含めたエコシステムで考える必要性が共通認識になりつつあると感じた。
2.持続可能なパワートレインとエネルギー多様性の役割
Stuttgart大学 Dr. Andre Kulzer教授Sustainable Powertrain and the Role of Energy Diversity
FVVが進める技術中立型の研究アプローチは、欧州のエネルギーエコシステム全体を俯瞰し、複数の技術パスを同時に評価する点に特徴がある。この視点は、Stuttgart大学のKulzer教授が示した分析とも強く共鳴している。
FVV Future Fuel Study IVbの研究成果である、GHG最適化ミックス vs 単一技術シナリオ(Fig.2)では、BEV単独、FCEV単独、H₂-ICEV単独といった「単一技術パス」では、パリ協定のGHGバジェットを満たすことが困難であることを示している。横軸が年度、縦軸が欧州運輸部門のカーボン累積量、赤線が1.5℃シナリオ、1.75℃シナリオ(EU責任分のみ)を示す。複数技術を組み合わせた「GHG最適化ミックスシナリオ」では、より早期に、かつBEV単独シナリオよりも30%排出を削減できる。これは、技術多様性がレジリエンスを高め、脱化石燃料を加速するというFVVのマルチパスアプローチを強く裏付ける。
Stuttgart大学から報告された、EUにおける再生可能エネルギー利用時のパワートレイン別LCA比較(Fig.3)では、再生可能エネルギー由来の電力・バイオ燃料・eFuel・水素を用いた場合、ICEV(mHEV:マイルドHEV)・PHEV・FCEV・BEVといった異なるパワートレインのCO₂フットプリントが、ほぼ同程度の水準に収束することが示されている。つまり、カーボンニュートラルの本質はパワートレインの形式ではなく、エネルギー源そのものの脱化石燃料化にある。
さらに、燃料がバイオ燃料やeFuelによってカーボンニュートラル化していくと、LCAにおけるCO₂排出量の主因は、市場走行時(In-Use)の排出から、エネルギー供給や車両製造段階(Cradle-to-Gate)の排出へと重心が移っていく。
eFuel・バイオ燃料の役割と世界的ポテンシャルは、既存車両ストックのCO₂削減に即効性を持ち、長期的には化石燃料の大規模代替となり得る点にある。2022年時点で運輸部門の石油使用量は年間2600Mtoeに達しており、2040年に8億台の車両がBEV化された場合でも、代替可能な化石燃料は約550Mtoeにとどまる。一方、eFuel・バイオ燃料の2040年の潜在供給量は最大1000Mtoeと見積もられており、輸送部門の大部分をカバーし得る規模である。したがって、電動化と並行してこれらの燃料を活用することが、より現実的かつ持続可能な脱化石燃料戦略となる。
(著者解説)
Kulzer教授は、自動車業界での20年にわたる経験(Boschで10年、Porscheで10年)を経て、Stuttgart大学に着任した。Porsche在籍時には、南米チリで進められたeFuelプロジェクト「Haru Oni」のプロジェクトリーダーの一人を務めた。
今回の報告では、FVV Future Fuel Study IVbの複合技術シナリオ(マルチパスウェイ)の結果として、BEV単独シナリオに比べ、カーボンニュートラル(CN)フューエルを並行して導入することで、LCAベースのCO₂排出量を約30%削減できることが示された。
さらに、EUにおけるLCAでのCO₂排出量の分析結果を示し、エネルギーの再生可能化が進むにつれて、自動車のCO₂排出の重心が「走行時(In-Use)」から「エネルギー供給や車両製造段階(Cradle-to-Gate)」へ移行していくことを説明した。そのうえで、従来のTank-to-Wheelではなく、LCA全体でCO₂排出量を評価することの重要性を強調した。
これらの論点はEU内のワーキンググループでも議論が進められているが、LCA規制の導入についてはまだ合意には至っていない。

