【AICE連載セミナー】第7次エネルギー基本計画と自動車用燃料の未来(国際大学 橘川 武郎)
- コラム
2025.05.27
【AICE連載セミナー】第7次エネルギー基本計画と自動車用燃料の未来(国際大学 橘川 武郎)

国際大学学長 橘川 武郎
はじめに
2024年9月10日に本欄(自動車用内燃機関技術研究組合[AICE]ホームページ上の「AICE連載セミナー」)で発信した拙稿「第7次エネルギー基本計画と自動車用内燃機関の未来」では、当時、策定作業中であった第7次エネルギー基本計画(エネ基)に関連して、
(1)同エネ基は「2035年GHG(温室効果ガス)排出2019年比60%削減」という厳しい前提条件に直面していること、
(2)第6次エネ基の2030年度電源構成見通しは実現困難であること、
(3)第7次エネ基の2040年度電源構成見通しは「野心的」を超え「空想的」なものになること、
(4)原子力をカーボンフリー水素の供給源として活用すれば次世代燃料のコスト削減につながること、
(5)内燃機関の未来を過度に悲観すべきではないこと、
(6)液体の合成燃料(eフュエル)の開発は既存インフラを活用できる点で有意義であること、
などの諸点を指摘した。
その後、第7次エネ基は、2025年2月18日に閣議決定された[1]。上記の諸点のうち(2)(4)(5)については、今日でもそのまま妥当性をもつ。一方、(1)(3)(6)については、第7次エネ基が閣議決定されたことによって、それらの実像がより明確になった。そこで本稿では、第7次エネ基が、(1)(3)(6)についてどのような方針を打ち出したかを検証する。
(1)については、アメリカでドナルド・トランプ氏が第47代アメリカ合衆国大統領に就任したことを受けて、国際公約だった厳しい前提条件が取り下げられた。(3)については、やはりトランプ氏再登場の影響でカーボンニュートラル(CN)を後退させるリスクシナリオが浮上するとともに、表面上の「原発回帰」とは裏腹に実質的な「原子力の地盤沈下」が加速したため、第7次エネ基は必ずしも「空想的」なものにならなかった。(6)については、ガソリンにバイオエタノールを10%混入する「e10」が登場したため、自動車用燃料の未来に関する不確実性がさらに高まった。本稿では、これらの論点を掘り下げる。
(1)取り下げられたGHG削減の国際公約:トランプ氏再登場によるアレンジ①
第7次エネ基の策定作業は、総合資源エネルギー調査会基本政策分科会(基本政策分科会)の場で2024年5月から進められたが、同年11月までは、具体的な計画案が示されることはなかった。ところが、2024年12月になると、事務局をつとめる資源エネルギー庁から具体案が提示され、基本政策分科会の承認を得たのち、パブリックコメントを経て、2025年2月には、ほぼ原案どおりの形で、瞬く間に第7次エネ基が閣議決定された。それはあたかも、2024年11月5日に行われたアメリカ大統領選挙の結果を待ち受けていたかのような事態の進展であった。このような事実経過は、トランプ氏再登場というアメリカ大統領選挙の結果が、第7次エネ基の内容に少なからぬ影響を及ぼしたことを示唆している。
バイデン氏がアメリカ大統領だった時期に日本は、主要国首脳会議(G7)などの国際会議において、気候変動対策に関し消極的であると、矢面に立たされる場面が多かった。アメリカと他の先進5ヵ国(イギリス・ドイツ・フランス・イタリア・カナダ)が声を揃えて、日本の石炭火力政策を非難したのは、その典型的な事例であった。
ところが、その前の第一次トランプ政権の時期には、状況が大きく異なった。気候変動問題をめぐる基本的な対決軸はパリ協定から離脱したアメリカと同協定を支持する他の先進5ヵ国とのあいだにあり、日本は、アメリカの陰に隠れる形で批判をかわすことができた。
2024年11月のアメリカ大統領選挙におけるトランプ氏の勝利によって、日本政府は、その時の状況がよみがえることを期待したに違いない。準備していた第7次エネ基の原案に重大なアレンジを加えたことが、その表れだとみなすことができる。
トランプ氏再登場で第7次エネ基の原案に加えられたアレンジとは、何か。二つに分けてとらえることができる。
一つ目のアレンジは、いわゆる「NDC」(Nationally Determined Contribution)、すなわち温室効果ガス(GHG)の国別削減目標に関する国際公約を、巧妙なやり方で取り下げたことである。
2023年5月に日本の広島で開催されたG7に先立って、同年4月には先進7ヵ国の気候・エネルギー・環境担当大臣会合が札幌で開催された。この札幌会合の共同声明は、2035年のGHG排出削減目標について、「2019年比60%減」という数値に言及した(「G7気候・エネルギー・環境大臣会合コミュニケ」13-14頁)[2]。
その後しばらくのあいだ、わが国の経済産業省や環境省の関係者は、この「2035年GHG排出2019年比60%削減」目標は「国際公約ではない」と言い張っていた。しかし、この言い分は、世界では通用しなかった。議長国である日本が共同声明に明記された内容に対して、「あれは言及しただけであって約束ではない」と言い繕うことは、国際的にはまかり通らなかったからである。現に、「2035年GHG排出2019年比60%削減」目標は、2024年12月には、アラブ首長国連邦のドバイで開かれたCOP28(第28回国連気候変動枠組み条約締約国会議)の合意文書にも盛り込まれた。
札幌会合までの日本の国際公約は、「2030年度にGHGの排出を2013年度比で46%削減する」というものであった。2013年度から2019年度にかけて、わが国の年間GHG排出量は、14億800万トンから12億1000万トンへ(いずれも二酸化炭素換算値)、14%減少した。14%減少した年間温室効果ガス排出量をさらに60%削減するというのであるから、これは、一大事である。「2035年GHG排出2019年比60%削減」という事実上の新しい国際公約は、「2013年度比」に換算すると、「66%削減」を意味する。期限が2030年から2035年へ5年間延びるとはいえ、削減比率は46%から66%へ20ポイントも上積みされることになったのである。
2024年11月にトランプ氏が返り咲きをはたす以前の時点では、第7次エネ基が閣議決定される際には、この「2035年GHG排出2019年比60%削減」目標が日本の新しいNDCとして打ち出されるだろうという見方が支配的であった。
ところが、トランプ氏の返り咲きによって、状況は一変した。2025年2月18日に第7次エネ基と同時に閣議決定された「地球温暖化対策計画」(第7次エネ基と「地球温暖化対策計画」とは、平仄が合うよう調整されている)は、「2035年GHG排出2019年比60%削減」目標に代えて、「2035年GHG排出2013年比60%削減」目標を新たなNDCとして掲げることを決めた(19頁)[3]。「2035年」や「GHG60%削減」という文言は変わらないが、基準年度が2019年度から2013年度にすり替えられたのである。
既述のように、国際公約を守るならば、2013年度を基準年度にした場合には、2035年度のGHG削減目標を66%に設定しなければならない。それを、「地球温暖化対策計画」では60%としたのであるから、これは、明らかに国際公約を取り下げたことを意味する(もし、2019年度を基準年度として計算し直すと、同案の2035度のGHG削減目標は、50%台半ばにとどまる)。
ところが、「2035年」や「GHG60%削減」という同じ文言を使ったため、「地球温暖化対策計画」は、一見、国際公約を守ったかのように見えた。日本政府は、GHGの削減目標(NDC)に関する国際公約を、巧妙なやり方で取り下げたのである。
(2)CN後退のリスクシナリオの登場:トランプ氏再登場によるアレンジ②
トランプ氏再登場で第7次エネ基の原案に加えられたアレンジは、もう一つ存在する。それは、第7次エネ基の焦点となった2040年度における電源構成見通しと一次エネルギー供給構成見通しについて、用意していたベースシナリオに加えて、カーボンニュートラルに資する革新技術の進展が不十分であった場合のリスクシナリオを追記したことである。
別表は、2040年度における電源構成見通しと一次エネルギー供給構成見通しに関し、第7次エネ基のベースシナリオとリスクシナリオとを対比したものである。あわせて、2022年度における実績値も示してある。なお、典拠としたのは、第7次エネ基の閣議決定と同時に公表された資源エネルギー庁作成の関連資料である。
別表 第7次エネルギー基本計画のベースシナリオとリスクシナリオとの対比 (単位:%)
|
2022年度実績値 |
ベースシナリオ(2040年度) |
リスクシナリオ(2040年度) |
電源構成 再生可能エネルギー 原子力 火 力 [計] |
21.8 5.6 72.6 100【1.00兆kWh】 |
40~50程度 20程度 30~40程度 100【1.06~1.20兆kWh程度】 |
35程度 20程度 45程度 100【1.08兆kWh程度】 |
一次エネルギー供給 再生可能エネルギー 原子力 水素等 天然ガス 石 油 石 炭 [計] |
14.9 2.1 -- 21.3 36.2 25.5 100【4.7億kL】 |
25~31程度 11~12程度 5程度 18~21程度 20~29程度 9~12程度 100【4.2~4.4億kL程度】 |
21程度 12程度 2程度 26程度 28程度 14程度 100【4.3億kL程度】 |
エネルギー起源CO2排出量削減率(2013年度比) |
22 |
70程度 |
56程度 |
(出所)資源エネルギー庁「2040年度におけるエネルギー需給の見通し(関連資料)」[4]、2025年2月、にもとづき、筆者作成。
(注)1. 「水素等」には、水素、アンモニア、合成燃料、合成メタンを含む。
2. 一次エネルギー供給量の合計値は石油換算値。
この表からわかるように、2040年度の電源構成見通しについて見れば、ベースシナリオで40〜50%程度であった再エネの比率はリスクシナリオでは35%程度に低下し、逆に火力の比率は30〜40%程度から45%程度に上昇する。この2040年度再エネ35%という数値は、第6次エネ基が2030年度の電源構成見通しで示した再エネ36〜38%より低い。また、2040年度火力45%という数値は、第6次エネ基計画が2030年度の電源構成見通しで示した火力42%より高い。
さらに、別表の2040年度の一次エネルギー供給構成見通しについて見れば、ベースシナリオとは異なりリスクシナリオでは、石油(28%程度)や天然ガス(26%程度)の比率が、再エネ(21%程度)の比率を上回ることになる。とくに2040年度26%という天然ガスの数値は、2022年度の実績値である21%より、5ポイントも大きいのである。
つまり、第7次エネ基に追記されたリスクシナリオは、カーボンニュートラル(CN)をめざす動きを大きく後退させるものなのである。そのことは、別表が示すように、2040年度におけるエネルギー起源二酸化炭素(CO2)排出量の2013年度比削減率が、ベースシナリオでは70%程度であるのにリスクシナリオでは56%程度にとどまる点に、端的な形で示されている。
なお、このリスクシナリオについて、資源エネルギー庁は、「技術進展シナリオ」という呼称を使っている。これは革新技術の進展が不十分な場合のシナリオであるのに、「技術進展シナリオ」と呼ぶのは、明らかににおかしい。本来であれば、「技術不進展シナリオ」と表現すべきであったろう。
ここで強調しておきたいのは、第7次エネ基の閣議決定を受けて、リスクシナリオこそが同計画の「本命」であるという見方が、資源エネルギー庁やエネルギー業界の関係者のあいだで、急速に広がっていることである。
第7次エネ基は、ベースシナリオに複数シナリオを導入したため、長期的な電源開発や原燃料調達に関する投資判断の目安を民間企業に示すという、基本的な機能を喪失するにいたった。第6次までの毎次のエネ基で一つの柱となってきたのは、近未来を目標年度とする電源構成見通しや一次エネルギー供給構成見通しを、単一のシナリオとして提示することであった。社会主義国でない日本でわざわざ中長期の計画をたて電源構成見通しや一次エネルギー供給構成見通しを作るのは、資源小国の日本では燃料の輸入や電源の開発に膨大な資金がかかるため、政府が蓋然性の高い見通しを示すことによって、燃料調達や電源開発に関する民間企業の投資判断を容易にしようというねらいが存在するからである。したがって電源構成見通しや一次エネルギー供給構成見通しは、単一シナリオでなければならない。複数シナリオにしてしまうと、民間企業の投資判断の目安が不明確になり、わざわざエネルギー基本計画を作る意味がなくなるのである。
ただし、第7次エネ基が複数シナリオを導入したのは、あくまで、ベースシナリオについてのことである。リスクシナリオについては、投資判断の目安となりうる単一シナリオを提示したと言える。ここに来てリスクシナリオが第7次エネ基の「本命」としてクローズアップされ始めた背景には、このような事情が存在する。
第7次エネ基のリスクシナリオにおいては、とくに天然ガスが重要な役割をはたすようになる。最近になって、九州電力、西部ガス、四国電力、北海道電力は、相次いでLNG(液化天然ガス)火力発電所を新増設する計画を発表した。北海道ガスも、苫小牧に第2のLNG基地を建設する検討にはいった。リスクシナリオが第7次エネ基の「本命」となる蓋然性は、高いのである。
(3)定性的には「原発回帰」も定量的には「原子力地盤沈下」
第7次エネ基では、カーボンニュートラルに資する革新的技術の進展が不十分であった場合、再エネのウエイトが縮小し、火力のウエイトが増大するリスクシナリオを掲げている。ここで、疑問として浮かぶのは、なぜ再エネ比率が低下した場合、同じカーボンニュートラルのエネルギー源である原子力の比率が上昇するのではなく、火力の比率が上昇するのか、という点である。ここでは、この疑問について目を向ける。
第7次エネ基に関して、電源構成見通しとともに注目を集めたのは、原子力発電の取り扱いである。そこで焦点となったのは、
① 次世代革新炉の建設を書き込むか、
② 原子力の最大限活用に言及するか、
③ 2014年策定の第4次エネ基以来続く「可能な限り原子力依存度を低減する」という表現を削除するか、
④ 廃炉を行った原子力サイト以外での原子炉の新増設を認めるか、
⑤ 2040年度の電源構成における原子力依存度をどの程度にするか。
という5点であった。
結果的に第7次エネ基は、①については大々的に書き込み、②についても複数箇所で言及し、③については削除した。また、④については、「廃炉を決定した原子力発電所を有する事業者の原子力発電所のサイト内での次世代革新炉への建て替え」(41頁)[3]を容認する方針を打ち出した。例えば、九州電力が玄海発電所(佐賀県)で廃炉を行い、川内発電所(鹿児島県)で次世代革新炉を作ることを認めたわけである。
このように第7次エネ基は、定性的には(文章上は)明確に「原子力回帰」を打ち出した。これは、同計画を策定した基本政策分科会の委員の大半が原子力推進派で占められていることを考慮に入れれば、当然の帰結だと言える。
一方、⑤についてみれば、第7次エネ基は、原子力依存度に関し、20〜22%とした第5次エネ基や第6次エネ基(いずれも2030年度の見通し)とほぼ同水準の2割程度に据え置いた(2040年度の見通し)。その結果、電源構成見通しにおける再エネ依存度と原子力依存度とを比べると、第5次エネ基の22〜24%:20〜22%、第6次エネ基の36〜38%:20〜22%、第7次エネ基(ベースシナリオ)の4〜5割程度:2割程度となり、どんどん両者間の格差が拡大することになった。「再エネ主力電源化、原子力副次電源化」の方向性は強まる一方なのであり、原子力の地盤沈下に歯止めがかからななかったのである。
第7次エネ基が、原子力について、定性的にはその役割を強調しながら、定量的には抑制的な方針にとどまったのは、原子力発電が、社会的摩擦が大きく、使い勝手が悪い電源だからである。いくら次世代革新炉の必要性を強調しても、その運転開始が2040年度までに間に合うことはない。2040年度の電源構成見通しに、次世代革新炉の運転を織り込むことはできないのである。
次世代革新炉の建設に関して最も蓋然性が高いのは、関西電力の美浜4号機である。しかし、同炉の建設には約1兆円かかると言われている。一方、関西電力がすでに再稼働をはたした既設の7基(高浜1〜4号機、大飯3・4号機、美浜3号機)の場合には、運転延長にかかる1基当たりの費用は、数百億円程度で済む。コストに2桁の開きがあり、2023年の法改正で既設炉の運転延長が容易となった状況下で、関西電力がおいそれと美浜4号機の建設を決断するはずがない。原子力発電が使い勝手が悪い状況は、2040年代以降も継続すると見込まれる。
第7次エネ基が、再エネ比率が低下するリスクシナリオを提示する際に、代替的に比率が上昇する電源として原子力ではなく火力を挙げた理由は、以上のような事情に求めることができる。原子力は、第7次エネ基がいかにその重要性を強調しようとも、実際には、引き続き、あまり頼りにならない電源であり続けるのである。
(4)「e10」の浮上と自動車用燃料の未来
前掲の拙稿「第7次エネルギー基本計画と自動車用内燃機関の未来」で述べたように、カーボンニュートラルを実現するためには、モーターを使う電気自動車や燃料電池自動車だけでなく、内燃機を使用するプラグインハイブリッド自動車やハイブリッド自動車も重要な役割をはたす。その運輸部門における内燃機用燃料について、第7次エネ基は、「内燃機関に係るガソリンの低炭素化・脱炭素化を進めるため、2050年カーボンニュートラル実現に向けて、ガソリンについては2030年度までにバイオエタノールの最大濃度10%の低炭素ガソリンの供給開始を目指し、2040年度から最大濃度20%の低炭素ガソリンの供給開始を追求する。また、対応車両の開発・拡大を行う。加えてバイオディーゼルの導入を推進する。さらに、合成燃料については2030年代前半までの商用化実現を目指し、その活用を行っていく」(23頁)[3]と述べている。また、バイオ燃料について言及した箇所でも、「自動車分野では、制度等の必要な環境を整備しながら、2050年カーボンニュートラル実現に向けて、2030年度までに一部地域でガソリンへの直接混合も含めたバイオエタノール導入拡大により、最大濃度10%の低炭素ガソリン供給開始を目指す。また、対応車両の普及状況やサプライチェーンの対策状況等を見極めて地域や規模拡大を図り、2040年度から最大濃度20%の低炭素ガソリン供給開始を追求する」(52頁)[3]と記している。
これまで、自動車用燃料ないし内燃機用燃料のカーボンニュートラル化の手段としては、液体の合成燃料(eフュエル)が主役になると考えられてきた。第7次エネ基も、「合成燃料については2030年代前半までの商用化実現を目指す」 [3]、と書いている。
しかし、第7次エネ基で目立つのは、ガソリンへバイオエタノールを10%混合するe10、ないしガソリンへバイオエタノールを20%混合するe20を、低炭素燃料として強調したことである。とくにe10に関しては、eフュエルの商用化実現をめざす「2030年代前半」よりも早く、「2030年度までに」供給開始をめざすとしている。所管官庁である資源エネルギー庁がいかにe10ないしe20に積極的な姿勢をとっているかは、自らが事務局をつとめる「合成燃料(eフュエル)の導入促進に向けた官民協議会」の名称を、合成燃料だけでなくバイオ燃料も取り扱うという意味合いを込めて、「次世代燃料の導入促進に向けた官民協議会」と改めたことに、端的に示されている。
ここで懸念されるのは、eフュエルの開発とe10の導入が、いわゆる「カニバリゼーション」(共食い)を起こすのではないか、という点である。e10を導入するためには、自動車業界も石油業界も、ある程度まとまった投資を行わなければならない。なかでも石油業界にとっては、製油所およびSS(サービスステーション)などで生じる追加投資の負担は、けっして軽微なものとは言えない。e10ないしe20が急浮上したのは、石油元売各社がeフュエル開発への投資にいよいよ本腰を入れようとしていた2024年秋口のことであった。ところが、第7次エネ基の策定過程で資源エネルギー庁が突如としてe10ないしe20を強調し始めたため、石油元売各社は様子見に転じざるをえなくなった。eフュエル開発とe10導入とをめぐって、「二兎追うものは一兎も得ず」になりかねない状況だと判断したのである。
第7次エネ基がe10ないしe20を浮上させたことは、自動車用燃料・内燃機用燃料の未来の不確実性を高めたと言わざるをえない。
おわりに
アメリカでは、再度就任したトランプ大統領の指示によって、パリ協定からの離脱が決まり、ジョー・バイデン前大統領が進めた電気自動車や再生可能エネルギーへの振興策が次々と廃止されている。日本でも、トランプ氏再登場の影響で第7次エネ基にカーボンニュートラルを後退させるリスクシナリオが追記され、それが「本命」としての影響力を発揮しつつある。これらから、短期的には、カーボンニュートラルをめざす動きに対して、厳しい逆風が吹いていることは間違いない。
しかし、ここで見落としてはならない点がある。それは、長期的視点に立てば、トランプ氏再登場の影響は一時的、限定的なものにとどまり、カーボンニュートラルへ向かう世界的潮流は、今もって健在であるという点である。
カーボンニュートラルに取り組まなければ地球と人類の持続的な発展はないという認識はすでにグローバルな規模で広がっており、孤立主義を深めるアメリカがそれに抗って流れを変えることは、いかに大国であっても、もはや不可能である。われわれは、この大局観を見失ってはならない。
参考文献
[1]:「第7次エネルギー基本計画が閣議決定されました」,経済産業省H/P,2025年2月18日
[2]:「G7気候・エネルギー・環境大臣会合コミュニケ」,経済産業省H/P,2023年4月20日
[3]:「第7次エネルギー基本計画」,経済産業省H/P,2025年2月18日
[4]:「2040年度におけるエネルギー需給の見通し(関連資料)」,経済産業省H/P,2025年2月18日